出ねえのう。(と大ノコを持ち上げて大木の上にのせてノコを動かす。その音)

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その音に調子を合せて、かれた寂しい、ほとんど人間らしい味の無い、山の中を風が吹き過ぎるような声と節まわしで。
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六平「やーれ
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山で切る木は、こら
かずかずあれど
思いきる気は
さらにない
やれ、チートコ、パートコ」

ノコギリの音
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六平「やーれ
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破れわらじと、こら
おいらが仲は
すぐに切れそうで
切れやせぬ
やれ、チートコ、パートコ」

ザーッ、ゴーッと岩を噛んで流れる急流の音。
その急流に乗ってギギギ、ゴドン、ギーッと音をさせて筏が流れくだって行く音。
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仲蔵 (気の立ったかん走った声)そら、そら! 伍助! そっちの岩を竿で突っぱれえっ! ウンと突っぱれっ!
伍助 (竿を突っぱりながら、ほえる)おおーっ!
仲蔵 (更に遠くの後方へかけて)杉村あーっ! 手かぎで、そこの木の根っこ、こねあげろーう! トモが引っかかると筏あ、まんなかから、ぶっきるぞう! しっかりせえーい!
杉村 おいよーうっ! オーライだようーう!
仲蔵 うんと!(と竿を使いながら)よし、よし、よし! その調子だ! この瀬を出て、橋ば一つくぐりゃ、すぐと日田の盆地たい、後は居眠りしてん、筑後川へ出るけんなあ! 頼んだぞう!
伍助┐
  ├(それぞれちがった距離から)おいよう!
杉村┘
中年過ぎの女 (岸の道から呼びかける)ようーい! そこん行く筏あ、池の原の丸市の衆とちがうかあ?
仲蔵 (聞きつけて)あーい、そうたい! 丸市の仲蔵だよーう! 清水のおばしゃんじゃねえかい?
中年過ぎの女 そうだ、そうだ、そうだ!(と自分も岸の道を筏を追って小走りについて来ながら)どうもそうじゃなかろかと思うたら、やっぱし仲しゃんかあ。その筏あ、どこまで流すとなあ?
仲蔵 佐賀まで流すとです!
中年過ぎの女 そうかよう! 気をつけて行って来なよーう!
仲蔵 あいよう! そいじゃ、清水さんの親方によろしうなあ!
中年過ぎの女 (立ちどまったと見えて、みるみる遠ざかる声で)良い若えしが、三人とも、佐賀へんでおかしなオナゴなんどにのしあげたりせんごつねえ――!

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仲蔵をはじめ伍助、杉村の三人が筏の上で快活に笑う声。ザザザーアと急流の響。
急に音の効果が変って鈍い、低い、陰気なダブリ、ダブン、チャブ、チャブと深夜の筑後川の水音。そこをゆっくりと筏が流れて行くギギギーッという音……
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伍助 (三人とも鈍い、眠むそうな、そして少しおびえた声)暗いなあ、まるで、へえ、鼻の先い、スミぬられたみてえで、岸も見えん。
仲蔵 伍助は筑後川あ、はじめてじゃったなあ。そら、そうよ。筑後川もこの辺までくると川巾だけでも五六丁はあるきねえ。
杉村 ひと雨くるとじゃなかろか、仲しゃん?
仲蔵 そうさな……んでも、降りゃ、しめえばい。(三人は、それぞれ長い筏の持ち場に竿を持って、立ったまま話しているので遠くへかけての対話)どうしたな杉村? 寒かとな?
杉村 寒うはねえばってん――
伍助 声めふるえとるぞ、杉村あ!
仲蔵 伍助、お前だって声めふるえとるよ。ははは、さてはお前たち、誰からか聞いて来たな? 筑後川に夜筏を流しとると、舟幽霊が出て、筏の足ば止めてしまうとか何とか? フフ、あれはなあ、こういうわけだぞ、もうあと半みちも下ると、佐賀から流れて来とる江湖《エコ》川がこの川にあわさる。江湖川ちうのは汐入りの川で川口からジカに汐があげさげするき、俺たちゃ、そこで明日の夜あけまで待って江湖の方が上げ汐になったのば見て佐賀の方へのぼって行くだ。その、この川と合さる口のへんで水面と深みとでいろんなごつウズを廻いてね。そこへちょうど筏が乗ってしまうと、いっときピタッと止ってしもうたり、ひとつ所ばグルグル廻りはじめたりする、それを舟幽霊に止められたの、川太郎にだまされたのと言うとたい。はは!
杉村 そうかねえ……
伍助 ありゃ! あれは、なんだ? え、仲しゃんなんの声じゃろか、ありゃ?

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他の二人がシーンとしてしまう。……遠くの岸の方から、人の声とも動物の声とも、なんともわからない、かすかなブワ、ワ、ワ、ワーンと響く音が暗い川面を渡ってくる。
川波の音。筏のきしり。……
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杉村 なんかなあ、ありゃ?(声がふるえている)
仲蔵 うん。……なんかなあ(この声もおびえている)
伍助 (だしぬけに叫ぶ)あ、ありゃ、なんだ? 仲しゃん、ありゃ、そら、トモの方に真黒いもんが、川ん中から這いあがって坐つちよる! ほら、
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