ほら、み!
杉村 うわーっ(叫びながら飛びあがる)
仲蔵 なんでんねえ……なんでんねえっ! ちきしよう! こんちきしようっ! なん奴だあっーつ!(ふるえ声で叫びつつ、竿をふりかぶって、トモへ向って筏の上をタタッと小走りに)

[#ここから3字下げ]
同時に、離れたトモの方でドブーンと何かが水に落ちた音
[#ここで字下げ終わり]

仲蔵 こんちしようつ!(ふるえ声で)なあに、へっ! 鯉かなんかが、はねたトタンに筏に飛び乗ったったい! ちきしようっ! ははは、はは!(と無理して高笑いをして)しっかりやろうぜえ、伍助、杉村あ! なあにを、お前!
伍助 ┐
   ├おいよーう!
杉村 ┘
仲蔵 はは! 誰だと思う、日田の川師だぞうっ! やーれ!(と気の立った甲高なふるえ声で歌になる)月の出しをとこら、約束したが、月は山かげ主あ、どこに、やれチートコ、パートコ! (ダブリダブリ、チヤチヤと水音とギーッと筏のツタのしまる音)

[#ここから3字下げ]
不意に明るい音の効果に変わる。
仲蔵がのびのびとした声を張りあげる。
[#ここで字下げ終わり]

仲蔵 おーい! 山形屋の衆ようーう! 丸市の筏が今ついたぞおーう! 日田から筏がつきやんしたよーお! 山形屋の衆よーう!

[#ここから3字下げ]
おっ! と元気の良い少年の声がそれを受けて、
[#ここで字下げ終わり]

五郎 筏がついたあ!(バタバタと立ちあがって二階のはしごをトントントンとおりて来て、店の間へ向って叫ぶ)
五郎 日田からの筏のついたばーい! おばしゃん、番頭さん! 仲さんの筏が今ついた!
お銀 おお、そうかい! そら早かったなあ!
番頭一 おお!(と立って表へ)
番頭二 ちょうどよかった! 松っあん、金どん、サブ!
松男┐(人夫)おい来た! ほいよ! おっと! (と
金一├手かぎの音をガタガタさせながら、表へ走り出る)
三吉┘
[#ここから3字下げ]
表は道路をへだてて、すぐに大川端で、それがちょうど上げ汐の満潮で、鼻の先に筏は横づけになっている。
[#ここで字下げ終わり]

お銀 (水面にひびきわたる声で)ようよ! 今度も仕切り人は仲さんじゃったかよう! 思ったよりやはやかったなあ。まあまあ、あがって一杯のんで一休みしんさい。
仲蔵 (筏の上から)お神さま、しばらくでがんした! 又お世話になりやす。この二人は、こっちへ渡すのは初めてでがんす。どうぞよろしう!
伍助 伍助でございやす!
杉村 杉村というもんで!
お銀 あいあい。あいさつは後で、ゆっくりしまつしう。まあまあ!
五郎 (チヤッチヤッと水の中にふみこみながら)仲しゃん、よう来たない!
仲蔵 わあ五郎しゃん、しばらく見ないうちに又大きうなってしもうたあ! 中学校はどうなさったとなあ?
五郎 もう二年生たあ。
仲蔵 二年生かあ、そうですかい!
お銀 これこれ五郎、お前、はだかになってしもうて川ん中へ飛び込うで、なにをすっとな、危なか!
五郎 ばってん、すぐ水あげにかかっとでっしう?
お銀 なあに、まあ一休みしてからにすつだ!
仲蔵 うんにゃ、お神さま、ちょうど番頭さんや男衆もいてござるけん、ついでに板とヌキだけは直ぐに水あげしてしまいまつす。一日置きや一日だけ重うなるだけじゃけん! 皆の衆、頼んだぞう!

[#ここから3字下げ]
番頭や人夫たち、それに伍助と杉村などが「おうっ!」と答えチヤチヤチヤと水あげの音。
その中にひときわ甲高かに聞える五郎の掛け声。
お銀がカラカラと男のように笑う。
ナタで、板やヌキをしばってあるツタをストンストンと叩き切る音。手カギをガツと材木に打ち込んで引きよせる響。
それにつれてジャブ、ジャブザブンと水の音。
人々の掛け声とはやす声。
それに混って佐賀という中都市の午前の物音。
道を通る自転車、荷車、遠くの工場のボーなど。
それらの音がしずまり、夕暮れの山形材木店の店先の風景になる。
店の前の道路を、通りすぎてゆく下駄の音。番頭二がそこらに水をまいている音。
[#ここで字下げ終わり]

通行人 あい、お晩で。
番頭二 お晩で。

[#ここから3字下げ]
その店の奥の土間から、カタカタと下駄の音をたてて出てくる仲蔵。
[#ここで字下げ終わり]

仲蔵 ああ、風呂にもいれてもろたし、久しぶりに佐賀の酒も飲んだ。やっぱしお神さま、日田の山奥の地酒よりや、町の酒はうめえです。
お銀 (帳場に坐ってソロバンの音をさせながら)相憎とうちのおやじは、博多の方へ入札に出掛けておって、酒の相手がなかけんなあ。
番頭一 なあに、仲蔵さんなあ、これから柳町へ出掛けて、酒の相手なら、いくらでもキレイな人の待っておらすけん、ハハハハ。
仲蔵 そ、そ、そんな、番頭さん……
お銀 ハハハハハ、なあに、仲さんよ、若かとき
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング