楽の調子や楽器の編成のしかたも、びっくりするくらいに近代的な調子と色彩になる必要があろう。烈しい、混雑した、都会的な多種多様な、不協和な新しい要素が取入れられて現代的なシンフォニイにわたって行きたい。もちろん全体の主題の木びき唄の基調は底流として保持されながらである。
そして、特にこの個所の音楽で、作曲家に充分の働らきを示してほしい。そのためには、この個所の音楽に相当の時間が与えられてよい。
……音楽の流れが、しかし次第に冴え返り、美しく高まって行きはじめる。
その矢先きを意地悪く叩きつぶしてしまうような感じで。
ガラン! ガラン! ガラ、ガラ、ガラ、ガラン! と、ブリキの空きカンのタバを土間の隅に投げ出した響。
[#ここで字下げ終わり]
豊後 やかましいやいっ! 誰だあ、今ごろ、そんな音させやがるのはっ!
陸前 まったくだあっ! ここは、上野から下谷へかけての屋外労働者の合宿所、越後屋簡易旅館だぞっ! しかも、もうトックに睡眠時間になっていて、一同ゴネとるんだっ! 今ごろ雑音立てる奴あ、人権じうりんだぞうっ、ヘゲタレめ!
サツマ (クスクス笑いながら)へへ、屋外労働者の合宿所だってえやがる。なあに、早く言ゃあバタヤの合ヤドじゃねえかよ。ゴネとるのは睡眠時間が来たからじゃなくって、起きてると腹がへるからでえ! ヘゲタレてんなあ、人権じゃなくて人間の方だろ!
陸前 いいから、静かにしろい! そういう量見だから、てめえだちゃ、ヘゲタレだあ! これで俺たちは一人びとりさんざん手傷を負ったケダモノみたいなもんですよ。毎日々々ようやっと稼いじや暮しを立てている人間だ。いい気になって深酒をしたり宵っぱりをして、からだでもこわすと、たちまち又地下道へ逆もどりしなきゃならねえ。こうやって十四、五人、この大部屋でいっしょに寝泊まりしてりゃ、こいでもまあ仲間だ、お互いに気をつけあって、明日の稼ぎのジャマになるような事はしねえ事だ。ガアガア言わねえで早く寝ようぜ!
上州 へへへ、そら、そういうお説教をガアガアしゃべくって、人の睡眠のジャマしているのは、当のお前だねえかよ。
陸前 おっと、そうかよ!
[#ここから3字下げ]
と、フトンをひっかぶる気配、周囲の三四人が低く笑う。
それらの声にトンヂャクなく、肥前は酒に酔った調子で口の中でブツクサ言いながら、あがり口で地下足袋をぬぐ。
[#ここで字下げ終わり]
肥前 へつ、なにを言やあがる! へつ、何をツベコベと、きいたふうな事を言やあがるんでえ! 誰か思わん夢さめて――と言ってな、あれから二十何年とたつちまったんだ。今さらいくら思い返してみたって、どうにもこうにも取り返しがつくものけえ! へつ、くやしかったら、ばけて出て来て見ろい、およねしゃん!……
[#ここから3字下げ]
ウントシヨ、とあがるトタンに又空きカンをガランガランと言わせてしまう。
[#ここで字下げ終わり]
三河 (これはまじめに、低い声で)おい肥前さんよ、ホントに静かにしなよ。みんなもう寝てるしよ、それに第一、そっちの隅のマキちゃんが又からだの加減が悪いちって今夜も苦しがっていたのが、どうやらやっと落ちついたばかりの所だ。
[#ここから3字下げ]
肥前はそれには答えず、鼻歌まじりにミシミシとみんなの枕元を通って自分の寝場所に行き、フトンを引きずり出して寝仕度にかかりながら自分だけは良い心持そうに――しかしはたから聞くとくずれさびれた投げやりな調子で――低い声で唄い出す。
[#ここで字下げ終わり]
肥前「やーれ、月の出しをと、こら
[#ここから3字下げ]
約束したが
月は山陰、主あどこに
やれ、チートコ、パートコ」
二、三人さきに、ペタンコになって寝ているマキと言う十六七の戦災孤児の女の子が、ムックリ顔を向けて、
[#ここで字下げ終わり]
マキ やかましいなあ、肥前の小父さん、歌というとそれしきや知らないの? まるでお経読んでるみたいだ。よしなよ!
肥前 なあに、この、マキベえの、くたばりぞこねえめ! お前、からだの具合が悪いんだったら、黙って寝ろい!
マキ おおきなお世話だよ! くたばりそこねえであろうとなかろうと、おいら、景気の悪いのはごめんだよ。てつ! おいらが死ぬ時あ、上州の小父さんに頼んで、八木節でも唄ってもらうつもりでいるんだ!
岩見 (すぐわきのフトンの中からモグモグ顔を出して、ゴホンゴホンと咳をして[#「咳をして」は底本では「呟をして」]、マキの毒舌に笑いながら)フフ、フフ、いやあ、マキちゃんよ、お前は若えからそんなふうに言うがな、肥前さんのその歌なんてもなあ、よくよくわけのある歌だ。どこの何という歌だか知んねえが、俺あそいつを聞くたんびに、シミジミ泣けてくるぞ。なあ! 破れわらじとおいらが仲は、か……なん
前へ
次へ
全10ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング