無かつた。ドアを突き開けるや、眞つ暗な家の中から出て來るといくらかホノ明るく感じられる露路のような所を、方角も考えずに、いきなり走り出した。どこをどう曲つて、どれ位走つたか憶えていない。夜ふけのことで、町は死んだように暗く、人影は無く、車も走つていません。氣が附くと、靴もはかず、靴したのままでした。やつとそれで、どのへんだろうと、立ち止つてあたりを見まわしたが、見當がつきませんでした。しかたが無いので、そのままヤミクモに又歩いていたら、大きな坂道に出て、右手に大きく水明りが見えはじめたので、ああ赤坂だと氣がつき、それから自分の家まで歩いて歸りました。父は奧で寢ていました。僕はすぐに自分の寢どこにもぐりこみましたが、非常に疲れていて、なんにもまとまつた事は考えられず、そのうちグッスリ眠つてしまいました。

 その次ぎの日に僕は入隊しました。
 その日は朝早く父と共に九段におまいりをしてから、直ぐその足で入隊するように前から決められていたし、氣持が緊張していたのと次ぎ次ぎと多忙だつたために、前夜のことを思い出すスキはありませんでした。……そして、それから入隊して兵舍に入り、訓練や勤務などに追いたてられはじめたら、たちまちの内に完全に忘れてしまつたのです。Mさんは、九段まで見送りに行くかもしれないと言つていられましたが、ついに顏を見せられませんでした。後で隊あてにもらつた手紙によると、その朝早く、突然に映畫のロケイション撮影の仕事に呼び出されて信州の方に行かれたそうです。

        30[#「30」は縦中横]

 そうです、その事を僕はほとんど完全に忘れてしまつていたのです。
 正直のところ、それは過ぎ去つてしまつたら、實になんでも無い事でした。まるでそれは町角で鼻紙を捨てたと言うぐらいの事だつたのです。
 一つには、たしかに、その當時の空氣のせいもありました。空襲は激しくなつて來そうだし、あちこちの戰況は次ぎ次ぎと不利になつて來るし、指導者や軍部は方針を失つて虚勢を張るだけだし、國民の一人一人はウロウロとただその日その日をどうして切り拔けて行くかに血まなこになつている。誰にしたつて、いつの間にかガサガサした荒い氣持になつている。明日の日が知れないのに、自分の生活や感情の細かいことなどにシンミリと立ちとどまつて居られない。僕もたしかに、そんなふうになつていた。しかも、出征するということは、死にに行くと言うことだつた。父からの教育や訓戒だけでなく、あの頃では一般にそうとしか考えられなかつた。僕は文字通り、今思い出しても不思議に思われる位にアッサリと、まるで冷靜に、間も無く自分は戰死すると思つていた。入隊して、生活もいつぺんに變り、荒い兵舍の殺氣立つた日々に追われるようになつていた。自分一身の童貞とか、その時の相手の女とかいう事は、まるで瞬間にけし飛んでしまつた。
 ホントに、その當座三四カ月は、その事を思い出しもしなかつた。
 それが、不意に、ヒョイと思い出したのは、僕が宮崎縣の基地で待機している時でした。どんなキッカケからだつたか忘れました。
 もう間も無く前線に出ると言うことで、召集された者はみんな不安なようなそれでいて變にクソ度胸をすえてしまつたと言いますか、ドロンとした氣持でいました。果していつ出發するのやら、又、どの方面に行かされるのやら、いろんな人がいろんな事を言つてもハッキリした事はまるでわからず、しまいに、どうでもいいや、どうせどうなつても同じだ、死にやいいんだろう、と言つたような調子なんです。毎日なんにもする事が無く、暇が有すぎる。タイ風の中心に近づくにつれてまるで無風のポカーンとした所が有るそうですが、それに似たようなものかも知れない。まるで虚無的な時間でした。その中でヒョイと思い出しました。
 思い出すと言つても、とりとめた事ではありません。第一、ハッキリした事は憶えていないんですから、童貞を捨てたというような感傷みたいなものも、すこしも感じません。感覺の上でも、その時の快感の後味みたいなものが微かに有るきりで、思い返してゾクゾクすると言つたような事は、まるでありません。すべてがアッけない夢を思い返しているようなものでした。第一、その時はオボロゲながら見たと思つた女の顏のリンカクなども、完全に忘れてしまつているのです。しかも、われながら味氣なく思つたのは、その女の事をハッキリ思い出せないために自分がすこしもイライラしたりしない事です。むしろ、そんな事よりもシミジミとなつかしく、逢いたいなあと思つたのはMさんのことでした。
 しかし一度そうして思い出すと、その後は、時々思い出すようになりました。
 だが間も無くオキナワに行き、陣地の構築やその他、完全な戰陣の生活――と言つても、ほとんど土方の生活と同じだつたですが――に追いまわされるようになつてから、再びそんな事は胴忘れしたように消えてしまい、やがて今度は戰鬪が始まる。――これも書けば戰鬪ですけれど、鬪つたのは相手方ばかりのようなもので、僕らはただ叩かれただけと言うのが實状です。飛行機や艦砲でビシビシ來られるのに、こちらでは大事な武器はとつくの昔にこわれてしまつていて、しかた無く、手りう彈とシャベルを抱えて、タコ穴の中に逃げかくれてばかり居ました。その頃です。隊内で變な事件が起きて、久保正三がもうすこしで殺される所を僕が助けてやつたのは。しかし、その事は今書きません。いや、その事だけで無く、その三カ月ばかりの戰鬪のことは、僕は書きたく無いのです。不愉快で。そうです、ただ不愉快なだけなんです。日本人を僕が最初に、そして、もうどうしようも無い位にひどく――そして今でもそれは續いているんですが――憎んだのは、その頃なんです。不愉快で、思い出すのもムカムカします。それに事實、書くことも、ほとんど有りません。僕らは、毎日々々、ガキのように食い物を搜してウロツキ歩き、あとは、ハジからバタバタと殺されて行く戰友を眺め、それが間も無く自分の番になるのを待つていただけです。
 ところが、その頃、又、あの女の事を思い出しはじめました。そして今度は、なにか、なつかしいような氣持がしました。その女がなつかしいのか、あんな事で男としての最初の事を知つた自分の幼い姿がなつかしいのか、又は、そんな事を自分にさせてくれたMさんがなつかしいのか、ハッキリしませんでした。そのみんなが入れまじつた氣持だつたのかも知れません。とにかく、次ぎの瞬間には死ぬだろうと思いながら、その時のことを思い出しているのです。そのくせ、女の顏はサッパリ浮んで來ないから妙です。

 それから終戰になり、やがて僕は歸つて來ました。
 そのへんの事、くわしく書くのは、ハブキます。
 世の中の調子はまるでメチャメチャになつており、そして僕はウロウロしたあげく、黒田策太郎の厄介になつてゴロツキの生活に入りました。僕があんな生活に入つたのは、入りたいと思つて入つたのでは無く、はじめ金が無くて生活が出來ないで困つていたら、それなら一時の腰かけにでも内の會社に來て見ないかと黒田に言われて、ズルズルにあんなことになつたのです。あんな世界を好いているからではありません。しかし、あんな生活をしてみると、あれで案外住み心地は良いのです。惡どい事や手荒い事ばかりなんですけれど、ちかごろの普通一般の人々の中に間々ある、もつともらしい顏をしてインチキな商賣などをしている連中のような中途半端なイヤラしいウソは無いのです。惡い事は始終やりますが、ハッキリした覺悟をしてやつているので、卑屈さや、ハレンチな所はありません。サバサバとしたものなんです。いえ、ゴロツキをベンゴしているのではありません。むしろ僕はあんな世界はキライです。ベンゴしたい氣は無いのです。ただその當時の、よりどころを全く失つてしまつてポカンとしてしまつた僕には、ただどこよりも氣樂だつたと言つているまでなんです。
 それに、珍らしかつた事も事實です。僕は黒田の組の先頭に立つように、かなり忙しく、次ぎから次ぎと、手荒らなことも相當やりました。そして氣が附いた時には、黒田の配下の中では、顏の古い頭株の連中とは、少しちがつた形で、つまり張出し格の兄き分の一人になつていました。金まわりが良いので惡い遊びなどもおぼえ、酒や女――そうです、女を相手の遊びも相當にやりました。
 そんなことで、その半年ばかり、なんとなく面白いような忙しいような思い切つた生活で、あの晩の女のことは全く思い出さなかつたのです。
 そのうちに、そんな生活にも飽きて來たと言うのか、もともと底の淺い世界だし、本來、性格的にもそんな所に永くなじめないものが僕にあるらしくて、いつからとも無く、つまらなくイヤでしようが無くなつて來たのです。いつたんそうなると、何をしても面白く無く、ムシャクシャしてしようが無い。すると組の仕事はうつちやつてしまう事も多くなるし、しかし一方、荒れようはひどくなつて、喧嘩や人を斬つたり次ぎ次ぎとする。すると、妙なもので、ゴロツキの仲間の内では、逆にハバがきくようになつて、人に立てられたりするんです。それが又、腹が立つ。氣がふさいで、氣がふさいで、そうすると更に、ワケも無いのに人を傷つけたりするんです。それで自分は、益々落ち着かなくなつて行くんです。まるで地獄みたいです。しかも、なぜそうなのか自分にわからないのです。どうすれば、そんな自分で自分の墓穴を掘つて行くような事を止めることが出來るのか、かいもくわからないのです。
 今に氣がちがつてしまうんじやないだろうかと思いました。實際、その頃あちこちの仲間から僕はキチガイだと思われていたようです。ホントのキチガイになれれば、まだよかつたのでしよう。それが、頭のどこか知らんが、まだいくらかハッキリしているために、自分のしている愚劣さがわかるんです。もう、やり切れず、たまらない氣持でしばらく暮していました。
 そんな中で、ヒョッと、
「あの女に、もう一度逢つて見たら――」
 と思つたのです。
 なんのためだか、わかりませんでした。ただあの女にもう一度逢つて見れば、何かがハッキリしそうな氣がしたのです。ハッキリすれば、それで生きるか、死んでしまうか、つまり此の世と自分との間の結着がつきそうな氣持がしたのです。なつかしい氣持も少しは有りましたが、それよりも、變にワケのわからない、なにかもつと深い心持です。
 そう思いつくと、急に一日も早く逢いたくなりました。

        31[#「31」は縦中横]

 逢うと言つて、しかし、どこへ行つて、何をたよりに?
 名まえは勿論、顏だつてハッキリおぼえていない。あの家にしても、どこだつたか、第一、空襲で燒かれてしまつて、今は跡形も無いのかも知れない。……(いや、實は、それからしばらく經つてから、銀座裏や新橋京橋あたりの裏通りを、すいぶん歩きまわつて心當りの所を見つけ出そうとしましたが、ダメでした。空襲で燒かれて樣子が變つたためよりも、やつぱり最初から記憶に全然殘つていないのです。)Mさんは廣島で死んでしまつた。
 どうすればいいんだ?
 考え迷いました。そうしていながらも黒田組の仕事は、あれこれとグングン進んで行つていて、僕は一日一日と益々深くその世界に卷き込まれて行くのです。苦しくなつて來ました。その末に、あなたの事を思い出したのです。あなたに會つてMさんの事を聞いて見よう。そうすれば、或いは何かの心當りやチョットした手がかりだけでも見つかるかも知れない。それに、あなたには、僕の現在のような氣持や境遇のことも、もしかすると多少はわかつてもらえるかも知れない。
 そうは思つても僕は迷いました。遠慮したのではありません。自分みたいに自分自身をまるで大事にもなんにも思つていない、アクタみたいに、いつなんどきどこかへ吹き飛ばされてしまつて消えてしまつても、すこしも惜しいとは思つていない人間が、今更、何かを期待し、求めるために人の所へ行くなどコッケイなような氣がしたのです。しかし、あの女に、もう一度逢いたいと言う
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