みたいな一黨と黒田の間が妙なことになつていて、それに貴島がいつちよう噛んでいる、そのためもあつて、つまりそのギャングどもから貴島の身がらを隱すために、黒田の方では貴島を横濱邊をアチコチ移動させてかくまつているらしいんですからね。假りに僕がそこを知つていても、そういう所へルリなんて若い娘を連れて行けやしません。しかもホントに僕あ知らないと來ているんです。………それがだんだんあの女にもわかつて來たらしく、しまいに、連れて行つてくれとは、言わなくなりました。しかし、なんとかして會わしてくれと、僕に頼むんです。じや貴島と連絡のとれ次第、知らせるから、あなたの所を教えろと言いますと、それをどうしても言いません。あなたの所、つまり三好先生の所へ知らせてくれれば、私が先生の所へ聞きに行くからと言います。自分の今居る所をどうしても人に知られたくないらしいのです。そんなふうな押問答をしているうちに、あの女が「先生、どこへいらしつたの?」と言い出した。僕は、タバコでも買いに行かれたんだろうなどと言つて、とにかく、あなたが戻つて來るまで押えているつもりでした。ところが間も無く、不意に、あなたが何のために外に出て行つたかを察したらしいのです、このままで居れば家に連れ戻されると思つたんですね「貴島さんのこと、三好先生のところへ知らせて下さること、どうぞお願いします」とていねいに頭を下げるので、こちらも「いいです、承知しました」と答えて、ユダンをしていたら、いきなりスッと立つて、パーッと表へ驅け出して行くじやありませんか。びつくりしました。とにかく、此處で逃がしてしまつては、あなたに惡いと思つて、直ぐに僕も追いかけて行つたんです。そいから、追かけゴッコです。いや、逃げ足の早いの早くないのと言つて! こういう事には馴れつこの僕も、あぶなくマカれるところでした。走る、横丁に飛び込む、かくれる、電車に乘る、乘つたかと思うと飛び降りて、バスに乘つている、それを降りたと思うと、同じ所をあちこちとグルグル※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る、ひどい目に會いました。しかし、そんなに遠くへは行きません。SかYのあたりばかりです。ははあ、そんなに遠い所に住んでいるんじや無いと僕は思つたので、しまいに、見失つたふりをして、一町ぐらいの間を置いて、つけて行きました。當人はマキおえたと思つてすつかり安心したらしく今度は落着いて歩き出しました。案の條、Kの一劃で燒け殘つた小住宅街に入つて行き、一軒の家に消えました。間を置いて、その家の前に行つて見て、ビックリしました。前に社の仕事で二三度來た事のあるNのスタジオなんです。スタジオと言つてもケチなもので、外部からはわからず、見たところ、こわれかかつたような唯の西洋館です。勝手を知つていますから横露路から裏へまわつてノックすると、直ぐにその當のNが人の善いツラをニュッと出して、ヤアヤアと言います。社の用事で訪ねたと思つたらしいんです。それで僕は、極く簡單に、これこれの女の人が君んとこに居るねと訊ねると、「ああ、R劇團のルリ子つて子だろ? 居ますよ」とアッサリしたものなんです。一週間ばかり前から來ていると言うのです。「そう言つて來ましよう」と直ぐにも取次ぎそうなので「いや、いや、會わない方がいいんだ。チョッとした事件で調べてみたいだけだから、僕が來たことも默つていてほしい」「へえ、そうかね」と言つて、Nはかえつて變な顏をしているんです。「とても良い子ですよ。氣性はチョット變つているけど」……それで僕はルリについていろいろ聞きました。R劇團の事も聞いたんです。ザコネの事も言つて笑つていました。
「なあに、あの子は、とてもそんな所には居れないと言いますけどね。實は大した事じや無いんですね。フダンにしたつて、そのザコネをするんだつて、わしはよく知つているけど、そんなにビンランした眞似は誰もしやあしません。今どき、いくら輕演劇團の中だつて、そんなアコギな、總當り制みたいな事がある道理が無いんだ。いやいや、そんな事があれば、わしなんざあ、かえつておもしろいと思うけどね、むしろ無さ過ぎるんで、つまらんでさ。ヘヘヘ! いや、案外に、ああいう所はキチンとしたものなんだ。エロエロばつかり搜して歩いているわしが言うんだから、まちがい無しですよ。だのに、それ位の事でルリが、とてもそんな所に居れないと言う。これ又、ルリにとつては正直ホントウでね。フフ! それはね、あの子の育ちのセイもあります。とにかく、たいへんな家庭で育てられたらしい。舊華族のカチカチなんだなあ。そういう所でギッチリと取りこめられて十八九まで來た。自分では、まるで氣が附かないで、身體だけは立派な一人前の女になつていた。それが、終戰後、いつぺんに解放されたんだ。風船玉が破裂したようなもんだな。生活もある。キリキリ舞いをして下界におつこつた。そいで當人は、そんな自分のことはチットも氣が附いていない。あたりまえだと思つている。落ち着いたもんです。つまり、一人前の女としては完全以上に成熟していながら、自分ではそれをすこしも知らず、性的にはまるつきり無知なんですよ。自分の内に虎を飼いながら、それを知らずにいるんだ。それが、いきなり、R劇團のような所に入つた。エロを賣り物にしているような劇團です。劇團員たちの生活も普通の常識から言やあ、とにかくアケッピロゲたようなもんでね。そういう劇團に永く居る者にとつちや、それが馴れつこになつていて、それがエロでもなんでも無くなつている。それがあたりまえなんだ。ところが、ルリ君には、こいつが、ひどく效いちやつた。出しぬけに蜂の巣に叩きこまれたような工合。カーッと虎が目をさまして、あばれ出したらしいんですよ。しかも困まつたことに、今言つた無知のために、當人、何事が起きたか、まるでわからない。ただ、キリキリ舞いをしているうちに、そいつが、妙な風にこんぐらかつたね。一種の、まあ、性的な閉塞症と言うか、恐迫觀念と言うか、性的なことを恐ろしく嫌つて、憎むようになつてしまつたんだ。實は、それは、性的なことを好いていて、そいつを待ち望んでいるのだが、自分でも知らん間にひん曲つてしまつて閉塞した状態なんだけどね。世間には間々あることで、實はそれほど珍らしい例じや無い。とにかく、男から手足にさわられたりするのを恐ろしく嫌がるようになつた。樂屋でも、時によると舞臺に出ていても、男優から裸の肩などにさわられると、いきなりキャーッと悲鳴をあげるし、樂屋便所の節穴などを自分の手でセッセとふさぐなんて事をするし、それでも時々、誰か覗いたと言つては眞青になつて便所から飛び出して來る。すべてがそうなんですよ。しまいに、みんな、奴は氣がすこし變だと言う事になつた。事實、こんな奴がどうにかした拍子に變になることがあるんだ。そうなると、面白いことに、これがガラリとあべこべに色氣ちがいになるんですよ。……まあ、そんなふうでとにかく、やつているうちに、ザコネと來た。で、がまん出來なくなつた。そこへ何か、起きたらしい。どつかの男から何かされたらしいんですよ。………もう死んだ方がましだなんて、口走つていましたよ。いや、わしは時々R劇團へ仕事かたがた顏出しをするもんだから顏見知りでね、ルリ君を一二度此處へ招待して御馳走したことがあつたりするもんで、思い出して、相談するために訪ねて來たんですね。いやあ、實は、あの身體にや、わしあ惚れ込んでいるんでね、それに商賣にもなるし、わしにして見れば小鳥が飛び込んで來たようなもんで、願つたりかなつたりだからね、ヘヘヘ! 下にも置かないようにして歡待していますよ。當人も喜こんでいるようだ。と言うのは、男から觸られさえしなければ、裸かになつて舞臺に立つて人に見られたり、それから寫眞を撮られたり、するのは、嫌いでは無いらしいんだ。それが、つまりコグラカッちまつた人間の特色でねえ、今言つた閉塞症みたいになるかと思うと、今度は出しぬけに、露出症にもなるんです。そこいら邊が、この道の面白いところだね。ヘヘ! いや、その、どつかの男から何かされたと言うのが、どんな事されたか、ルリ君言わんのです。いずれ、大した事じや無いと思うけど、しかし、もしかすると、この、なんだ。――もしそうだとすると今言う通り、あの肌はどうなる? ありや、オボコ娘の肌だ。わしの眼にや、そうとしきや寫らん。だから、わしの眼は節穴と言うことになるわけだ。しかたが無え。なんしろ世界は廣い。千人に一人、萬人に一人と言う肌だ、女になつても處女と同じだつていう事も、あるかも知れん。なんしろ、ルリ君がその男を憎んでいるのが一通りや二通りでは無いからね。よつぽどひどい目に逢わされたんだと思わなきやならない。やつぱし、ヘヘ、花は散つたですかね。しよう無え。ヘヘ、――
 ――と言うんです。どうです? それで僕が、ルリの寫眞を撮る所を見せてくれと言いますと、イヤだと言います。それで僕はちよつとシブイ事を並べました。馴れているからワケありません。スッパ拔くとか何とか言つておどかしたんだろう、ですつて? なに、おどかすつて程のことはしません。アッサリしたもんです。そいで、奴さんシブシブ承知して、今日は駄目だから明日來いと言うんです。そいで、その次ぎの日に行つて、その覗き穴から見せてもらつたわけです。
「スタジオの中は天井一杯のガラス板からの光線で明るくなつています。こちらの室は暗い。ルリとNの間には、大體時間の打合せがしてあるらしく、Nがカメラの準備をして、こつちの穴からファインダアを睨んでいるんです。僕は、そのカメラ穴の僅かな隙間から覗くんだ。僕が覗いていることなど、ルリはもちろん夢にも知りません。カメラが向けられている事は知つている筈ですけど、見たところ、それもほとんど意識していないような樣子でした。はじめ向うむきに椅子にかけていたのが、靜かな動作でカスリの上衣をパラリと脱ぎます。肩と背中がむき出しになりました。と思つたトタンに、スラリと立ちながら、こつちを向く。ハカマが自然に下に落ちて、例の肌をした胸、乳房、腹、腰――ユラリと股が動いて、それが殆んど鼻の先に有るような感じですからね。アッと僕は聲を立てそうになりました。……眼の正月と言うのは、あの事だなあ。それからルリは、いろんなポーズをして見せるんです。ユックリユックリと手足や胴をくねらして踊るシャムの踊りを僕は一度見たことがありますけど、あの踊りをもつとユックリとスローモーションにしたような動作です。その動作そのものが次ぎ次ぎと、まるで魔力を持つているように、こつちの身體をしびれさせて來るようです。ルリ自身もウットリとなつています。一人でいながら、まるで目の前に相手が居るように、そして、その想像上の相手にからみ付いたり、離れてじらしたり、近寄つて抱きついたりするんです。相手は男らしい………Nは眼を据え緊張しきつて、パチパチとシャッタアを切つています。氣が付くと僕も手を握りしめ、むやみとノドが乾いていました。
「……ヒョッと僕は、貴島のことを思い浮べたんです、その時、そして、ああそうだと思いました。なぜだか、わかりません。あの前日、カフエで押し問答をしている時に、貴島の住所を問い詰めて來たルリの表情の中にあつた、僕には何の事やらわからない烈しいものが僕の頭に燒き附いていたためかもわかりません。貴島てえ奴の、おかしな性質のためかも知れません。貴島は憐れな奴です。赤ん坊みたいに憐れで、とても見ちやおれんです。それでいて、女たらしです。まあ色魔ですね。いろんな女を引つかけて歩くんですよ。いや、女の方から引つかかつて來るんだ。僕の知つているだけでも貴島を取り卷いている女が四五人はおります。あなたも、こないだ逢つたでしよう、あの染子などと言う女も、その一人ですよ。貴島の奴が、女にどんな事をするのか、わかりません。いずれ大した事はしないにちがい無い。だのにゾロゾロと女との關係が絶えないんだ。ルリに對してだつて、貴島がどんな事をしたのか、サッパリわかりやしません。なんにもしなかつた
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