こちらの語氣を察したせいか、目の前のコーヒー茶碗に目を落したまま、何か考えているふうで、いつまでも口を開かない。相變らず怒つたような顏だが、電車の中とはだいぶ樣子がちがつていて、底に急にショゲてしおれたような表情があつた。伏目になつたマブタの、すこし青味を帶びてフックリとした線が、情を含んで、何かの彫刻のようだ。その横顏を、さすがに佐々も笑いを引つこめて見ていた。
「……どうだろう、それはそれとして、いちおう、家に歸つたらどうかね? ……どうだい? そうしたまえな」
それでもルリは顏を上げようともしない。よし、小松敏喬に電話をして、とにかく一度引き渡そうと言う氣になつた。佐々に眼くばせをしてから一人席を立ち、店の奧へ入つて行き、そこに居る顏見知りの女給に低い聲で近くに電話はないだろうかと聞くと、四五軒先きの食料品問屋を教えてくれた。私はカフエの裏口からソッと拔け出して、その問屋へ行き、頼んで電話を借りると、かねて手帳に控えて置いた小松敏喬の役所を呼び出しにかかつたが、なかなか、かからない。空襲のために殆んど全滅した電話が、やつといくらかずつ復舊しつつあつた時分で、どうにかした拍子で運
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