「おい、ルリ――」と、肩に手をかけようとすると、その手を默つたまま拂いのけるようにして、いきなりクルリと身をひるがえすや、そこらの乘客を突きのけるように掻き分けて、ドアの方に突き進んだ。人が混んでいなければ、そのまま驅け出して、いきなり車外へ飛び出しでもしそうな勢いである。ビックリして私は後を追つた。やつとドアの前の所で、彼女をつかまえた。幸い電車はまだ走つていて、ドアはしまつている。しかし、開いた窓からでも飛び出しかねない樣子なので――いや、いかに綿貫ルリが無鐡砲でも走つている電車の窓から飛び降りたりする道理は無いのだが、その時の血相から私にはそんな氣がしたのだ――私は彼女の左の腕をしつかりと掴んだ。
 附近の乘客たちが變な顏をしてジロジロ見ている。ルリはそれらの視線を平然と見返しながら立つている。しかし、彼女の身内が細かくブルブルとふるえているのが、掴んでいる腕から傳わつて來た。何か遠くの、底の方から電氣の嵐のようなものが、近づいて來るような感じだつた。全體どうしたのだ? もしかすると、氣がヘンなのではないか、こいつは?……衆人環視の中で、若い女の腕を掴んで立つていなければならない
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