ん、どうして? 喫茶店は、私、ただ驛の方を見張つているために、毎日來てるの」
「え? 見張る? すると……いや、だからさ、すると、家に歸つたんだね?」「家?」
「高圓寺の、その君の――」
「ううん、家へは、私、もう戻れないわ」
 話が喰い合つて來ない。
 はげしい音を立てて走つている、混み合つた省線の中で、細かい話はできなかつた。とにかく、どうしているかと思つていた當人が、身なりこそ急に變つてしまつたけれど、落ちついた樣子で現われたと言うことで、私は急に肩の荷がおりたようにホッとしていた。さしあたり、家出の事情を、にわかに追求する氣は無くしていた。
 そんな事よりも、ルリを一目見た時から、この女が急に美しくなつているのに、私はびつくりしていたのだ。それは、ほとんど別人になつてしまつたような變りかたである。この前逢つてから、まだホンの數日にしかならないのに、どんな事がこの女の内で起きたのか?
 もともと貴族の血筋の、顏形も身體つきも、ほとんど古めかしい位に典雅な線を持つた女だが、これまで、特に美しい女だとは思つていなかつた。それが、まるで花が一夜にして開いたようになつている。先ず、陶器の
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