物が追いつめられて、自分を殺そうとしている者を見まわしているような目つきになつていた。いつそんなふうに變つたのか、わからない。もしかすると變つたのでは無く、最初からそうだつたのを私が氣がつかないでいたのか?
「へえ」と、かすれ聲を出して、それから、たよりないトボケたような低いユックリした調子で「……あの、歸つて來て、こうしているんですけど……もう、どうしていいんだか、まるきり、わからなくなつて――」
そこで言葉を切つて、ニヤリと笑うようなことをした。
目の前にポカッと穴があいたような氣がした。それは、どんな復員者のどんな生ま生ましい戰場の話や復員後の暗い生活の話を具體的に聞いた時よりも、私にこたえて來た。私はだまつてしまつた。なんにも言う氣になれなかつた。急に背中がゾクゾクして、すこし吐氣がして來たのをおぼえている。窓を明るくしていた夕日の名殘りがスッとうすれて、いつの間にか室内は薄暗くなつていた。靜かな室内に時々ポタンポタンと音がするので、目をやると、彼のキチンと坐つたズボンの膝と膝の間の僅かなスキマの床板が點々とぬれている。滑稽なほど大粒な涙だつた。ボンヤリと見開いたままの異樣
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