て。……廣島でなくなられた事は、すぐ知つたんですが、今まで、あがれませんで――」
 急に、泣きだすのではないかと言う氣がした。すると私は例の、立ちあがつて外へ出て行つてしまいたくなつた。Mを失つた悲しみは、私にとつて、涙を流して泣けるような種類のものではなかつたのだ。もつと複雜で、悲しみというよりも、怒りに近い氣持だつた。……しかし青年は泣きはしなかつた。私はいくらかホッとしたが、彼はどうしたのか、それきり、だまりこんでしまつて、いくら待つてもなにも言わない。膝から一尺ぐらいの床の上に視線をやつたまま、身じろぎもせず、十分以上たつても、口を開く樣子がなかつた。なにか、わずらわしくなつて來た。
「……それで、僕になにか用があるんですか?」
 彼はこちらの言葉の意味がのみこめなかつたようだつた。問い返すような目色をチョッとしたが、すぐにそれは消えて、ただポカンとこちらを見ている。私は、はじめてその時その男の目の中をのぞきこんだ。そして、なにか、ドキッとした。そんな目を私は今までほかで見たことがない。實にイヤな――と言つて、どこがどうと説明しようが無い――つまり――。最初書いたような、下等動
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