佐々の私に對する態度は、すこし馴々しすぎる位に親しみと敬意のこもつたものである。それでいて、昨夜私が眠つていると思つて「くだらねえ文士だ」と吐き捨てるように言つた調子も續いていて、その二つが面從腹背と言つたふうの矛盾した態度にはならない。どこかしらで私のことを「罪の無いオッサン」と言つたふうに輕蔑している事は事實だし、それを隱そうともしないが、敬意もなくさない。そこの處が私にはおもしろかつた。とにかく腹は立たないのである。久保の手帳のことを聞くと、その手帳を出して見せてくれる。貴島のことをたずねても、こだわり無く答える。しかし細かい事は何も知らない。貴島の性格や心理などについても知つていないし、知ろうともしていない。そんな事は全く問題にならないらしい。お互いに、あたりまえの、唯の友だちだと思つているようだ。……そうだ、そうかも知れないと私は思つた。それが普通かも知れないのだ。人間は昔から今に至るまで、大して變つてはいないし、又、今居るたくさんの人間の一人々々にしたつて他の人間とそれほど變つていないのかも知れない。一人々々の人間を特に他の人間とは違つた、わかりにくいもののように眺めるのは
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