に坐つた。かなり上等の薄色のフラノ地の背廣に思い切つてハデなエンジ色のネクタイをしていた。前にも書いたように、チョット女のような感じの、上品でおとなしそうな、むしろ平凡な顏で、記憶に無かつた。
「Mを知つていた――?」
相手がいつまでもだまつているので、私の方から言つた。
「はあ。……」
「戰爭中此處に來てくれたそうだけど、――いつごろでしたつけ?」
「……あの、僕が入隊する二三日前の――」
「そうですか。……そいで、いつ復員して來ました?」
「しばらく前……去年の末にもどつて來ました。……その、入隊する二三日前にMさんといつしよに。空襲のあつた晩で、玄關先きで失禮したもんですから――」
とぎれとぎれに低い聲で相手が言つている間に私は不意に思い出した。東京空襲が本格的にはじまつてから間の無い頃、警報が出て、燈火を消してしまつた私の家の玄關へ酒に醉つたMがもう一人の男をつれて寄つたことがあつた。それが、言われてみると、この男だつたようだ。暗かつたし、この男は一言も言わないでドアの外に黒く立つていて、Mだけが玄關のタタキに入つて來るや、私のヒジの所をグッと掴んでゆすぶりながら、「やあ、
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