避ける氣持になつていたらしい。いつからそうなつたのか私にもわからなかつた。私自身も後になつて氣がついたことである……
「でも僕は、なんだかルリさんに變な事なぞ起きたんじや無いような氣がします。二三日したら、なんでも無く歸つて來るんじやありませんかねえ……そんな氣がしますよ」
 默つて彼の顏ばかりを見ている私の眼を、おだやかに見返しながら貴島が言つた。
「うむ。……君あ、あの晩、ルリになんかしたんじやないだろうね?」
「え? いいえ……そんな事はありませんよ」と相手はすこしシドロモドロに、視線をあちこちさせ、「そんな――ただ送つて行つて。……でも、あんな風な人、僕あ嫌いでないもんですから、いろんな話をしたり、いや、おもに話したのはあの人なんだけど……しかし、べつになんにも」
 耳に薄く血を差したようだつた。まるで單純な少年が戀愛の場面でも覗き見されて羞かしがつてでもいるように、ほとんど可愛いいと言つてもよいような感じだ。微笑の蔭から私がどんなに意地惡くギロギロと見搜しても芝居や惡意の影を見つけ出すことは出來なかつた。
 とにかく、そこには何かがある。にもかかわらず、貴島が故意に嘘を言つて
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