めて彼の顏を見た。そこには單純にルリの事を心配している表情しか無い。もしルリの失踪の理由を知つていながらシラを切つているとするならば、この男はほとんど完全な役者である。私にはわけがわからなくなつて來た。いつそルリの書置の手紙を見せてやろうか。この男はどんな顏をするか? 私はポケットから書置を出しかけた。しかし途中でやめた。見せても見せなくても同じ事だと思つたのだ。それに、いつたん見せてしまえば此の男を窮地に追いつめることになる。すると、もしかすると國友を斬つたように無造作に私を斬るかもしれない。…………そんな氣がする。恐怖では無かつた。斬られたとしても、たかだかレザアの刃か何かだ。それよりも、もしそんな事が起きると、此の男と自分との間は全く斷絶してしまうにちがい無い。すると、さしあたり、ルリを搜し出す一番大事な手がかりを失つてしまう。いや、實はルリの事など私にとつてさまで重要なことでは無かつた。ホントは、いつの間にか、この貴島という男に私が強い興味を抱くようになつてしまつていた事である。引きつけられていたと言つてもよい。そのため無意識のうちに、この男との關係を斷ち切つてしまうような事を
前へ
次へ
全388ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング