だ。それほど弱り果てたように沈んでいる。その感じはなにか決定的なもので、市井の傷害事件などとはつながつて行かない、もつと深いものだつた。
それはホンの一瞬の間に私の受けた感じに過ぎなかつた。しかし、いくぶんハズミのついた心持でその室へ入つて行つた私から、自分でも知らぬ間に、傷害沙汰についての差しあたりの好奇心のようなものが、いつぺんに消えてしまい、後になつても貴島がそれを言い出さないままに私の方からもそれに觸れずにしまつたのも、最初の一瞬に受けた感じのためであつたらしいのである。
貴島は眼をあげてこちらを見たが、すぐには私だということがわからないようだつた。ほとんど死んだように靜かな無感覺な顏で――そして例のあの眼つきをしてボンヤリこちらを見ていた。そのうちにヤット私を認めた。かくべつ驚ろきもしない。ごく自然にニッコリして「ああ」と言つて立つて來た。
「先日は、どうも――」
10[#「10」は縦中横]
もうイヤな眼つきは消えており、弱々しい位に柔和な動作と表情で私に椅子をすすめながら、
「二三日中に又、おたずねしようと思つていたところでした。……先日はうまく言
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