心なもので無い半ばただ義務を果すだけだと言う程度の氣持を他にしては、おもにその感覺的な違和を埋めようとする動作に過ぎなかつたようである。ほとんどなんにも考えないで私はビルディングの二階にスタスタもどつていた。酒の醉いはすつかりさめていた。
 D商事の内部は相變らずシーンとして人の氣配は無かつたが、今度は電燈がついてドアのすりガラスが明るい。押すとあつけなく開いて、入つてすぐの所がチョット鍵の手に受付臺になつており奧は三間四方ぐらいの室内に四つばかりの事務テーブルが並んでいる。よくある平凡な小會社での退勤後のガランとした感じで、ただ後になつて氣がついたのだが不相應に上等の厚いジウタンが敷きつめてあるため、歩いてもまるで足音がしない。
 その奧の正面のテーブルに倚り、スタンドの光に照らされてこちらを向いて、貴島がションボリとかけていた。まるで元氣が無く、グナリとして、顏なども急にしぼんだように見える。ここに戻つて來てから、ただジッとそうして椅子にかけたままでいたらしい。…………一目見て私は、輕い目まいのようなものを感じた。國友を斬つたのはこの男で無く、逆に斬られたのがこの男だつたような錯覺
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