だ」
「……すると、濱の方の仕事に手を出すなつて言う事かね?」
「僕あ、なにも知りません。どうでもいいんだ、あんた方の商賣の事は……、ただ、當分、外に出ないでいてほしいもんだから…………そのハンカチは消毒してあります」
 キズを拭けと言うのらしい。國友は、左手のハンカチへチラリと目をやつたようだつた。
「わかつたよ。そのうち、又逢おうね」
 血に染つた顏でニヤリと笑つていた。言いようの無いほど不敵に見えた。
 それきりでしばらく互いの顏を見合つていたが、やがて相手の男はチョット腰をかがめてから、身をめぐらして、私の前を通り――私は自分でも知らぬ間に、電柱のかげにかくれるようになつていた。――スタスタと、D商事のビルディングの方へ歩み去つた。それが貴島勉だつた。實は聲をハッキリ聞いた時から、それが貴島である事に氣附いていたのだが、あまり意外な光景にぶつつかつたためか、目が見ているものに意識が追いついて行かず、現に、私の前數歩の所を、例の青白い彼の横顏がスッと通り過ぎて行くのを見た後まで、まるで夢を見ているようだつた。そのくせ、一方、それほど意外なような氣もしていない。國友の前身と貴島とい
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