う人間、そして、貴島のD商事は直ぐ近くにある――考え合せると、今の光景がどんな事を意味しているのかまるでわからないままで、それほど起り得ない事が起きたような氣もしなかつた。……國友は、去つて行く貴島の後姿を見ながら、宵闇の中にしばらく立つていた。どこにも昂奮しているような所は無かつた。私がこつちから見ている事には、まるで、氣附いていない。やがて、左手のハンカチを顏へ持つて行くのが見え、血を抑えながら、靜かな足取りで、繁華街の方向へコツコツと去つた。

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 まるで、なにかの映畫の一シーンだけを見さされたようであつた。印象は刻みつけるように強烈でありながら、――意味はわからない。二人の取りかわした言葉を、一つ一つの語調の微妙なところまで復習してみても、ハッキリしたことは、わからなかつた。ただ、ボンヤリと推察できることは、D商事の社長と國友の間に仕事の上でのモツレが有り、それについて國友がたびたびD商事へ訪ねて來ている、それがしかしD商事にとつては望ましくない事で……しかし、來させないために顏を斬るというのは? 「オヤジから言いつかつてしたのか?」と國友に問われて「うるさ
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