ンカチだろう、白い物を出して國友に渡すと、身を開いて、こちらへ足を踏み出した。
「……待ちな」言いながら國友がこちらへ振り向いた。その顏が、右の額口から、眉のわきへかけ頬から耳の下あたりまで、一文字に、インクでもぶつかけられたようにベトリとすじが附いている。トツサにはそれが何だかわからなかつたが、すぐにギョッとした。斬られたばかりのキズだ。夕闇のために黒く見えるが、タラタラと血を吹いて、みるみる擴がつていた。斬つたのは、その相手の男にちがい無いが、いつの間に、どうして斬つたのか? 待ちなと言われてその男は、歩き出しかけた足をとめ、グルリと國友へ振り返つて、今までと逆の位置になつた。
「チョッと聞いておくがねえ、これは、君んとこのオヤジからそう言われて……つまり、言いつかつてした事かね?」國友の聲は落ちついていて、ふだんとチットも變つていない。むしろ、ふだんよりも語調がユックリしている。顏のキズには手もあげないままである。
「……」相手は口の中で何かつぶやいてから「いやあ、僕の一存ですよ。……チラクラして、うるさくなつた――」
「うるさいと?」
「あなたは當分、ここいらに來ないでほしいん
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