く靴音が、しばらく聞えていた。まだホンの宵の口なのに、離れた繁華街のあたりから物音が響いて來るだけで、この近まわりは靜まりかえつている。その中に、國友の歩み去つて行つた方角から、低い話し聲がして來た。何を言つているかわからないが、二人の聲で、一方は國友らしい。知つた人にでも逢つたのかと思いながら用をすまし、私は歩き出したのだが、直ぐの小さい四つ角の所に、國友は背を向けて立ちどまつて前に立つた人影と話していた。
「じや、あのシマの事あ、君んとこのオヤジさんも知つてんだね……」あとは聞きとれない。相手も何か言つたが、「……ですよ」という語尾だけしか聞えなかつた。兩方ともおだやかな言葉の調子である。私は、追い拔いて行くのも具合が惡く、自然に國友から五六歩の背後の電柱のかげに立ちどまるような形になつた。相手の男は、國友に對して、こちら向きに立つているため、國友の影に重なつて、よく見えない。その時、その人影がスット片手を國友の肩にかけるようなことをした。國友が「ア!」と低く口の中で言つたようだ。そのまま相對したまま二人は、しばらく動かない。
「……失敬しました」相手が低く言つて、ポケットから、ハ
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