、決して一言も言わないことも知つていた。だから、問うのをあきらめた。そして互いに現住所の所書きを交換し、再會を約して外に出た。街には既に夕闇がおりて來ていた。
そこで別れて歸つていれば、よかつたのである。そうすればあんな事は起きていなかつただろう。
ところが、國友に「すぐに歸る三好さん?」と問われ、そうだ、念のためもう一度D商事を覗いて行こうと言う氣になつて、そう答えると、「そいじや、私も寄つてみるか」と言うので、さつきの道を逆に、夕闇を吹く微風に醉つた顏をなぶらせながらブラブラと二人はそのビルディングへ引き返して行つたのである。
8
しかし、やはり、D商事には、まだ誰も戻つて來ていなかつた。開かないドアの内部には灯かげも無く、シンとしている。或いは、前に私たちが訪れた時が既に今日の業務を了えて人が去つた後だつたかとも思われる。しかたなく、私と國友は暗い廊下を外へ出た。振返つて見ると、その建物がボンヤリと白く盲いたように、明るい窓は一つも無かつた。しばらく行き、間もなく國友と別れたが、すぐ私は小便がしたくなつて道から三四歩、燒跡に踏みこんだ。國友の歩み去つて行
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