き、知らない人々の間に立ちまじつたり、又は、知り合つてはいても、この私を三好十郎として知つているのでは無い雜多な人々――その中には電車の車掌がいたり、大工がいたり、職工がいたり、畫家がいたり、ゴロツキがいたり、バクチウチがいたり、株屋がいたり、クツ屋がいたり、浮浪人がいたりするが――そういう人々の顏を見たりそれと話し込んだりしているうちに、ヤットいくらかホッとするのであつた。
 そういう状態であつた。
 だから、その晩春の午後おそく、その男が訪ねてきた時も、私はなにもしないで仕事室の隅にボンヤリ坐つていたのだが、家人に言つて、會うのをことわらせた。しかし男は歸らないと言う。二度も三度も押しかえして、「お目にかかりたい」と言つて、臺所口に突立つていると言う。名刺を見ると貴島勉とあつて、わきにD――興業株式會社、日本橋うんぬんと所番地が刷つてある。「どんな人だ?」と聞くと「セビロを着た、若い、おとなしそうな、文學かシバイでもやつているような人」だと言う。ますますいけない。私の最も會いたくないものだ。「イヤだから」とハッキリことわらせた。すると、四度目ぐらいに、「前に一度お目にかかつたことが
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