つた時に、俺の鼻を襲つた匂いは、しめつてスッパイような、鯨のゾウモツが腐つて醗酵したような惡臭だつた。それが、あの女が身じろぎするたびに、身體の隅の方からあおられて來てムーッと俺を包んで、俺は吐きそうになつた。生きながら腐つて行きつつある人間のカラダから立ち昇るガスのような臭い。その中には、思い出のなつかしさや、まして情慾そそるようなものは、まるで無い。……いやいや、しかし、もしかすると、人間の情慾だとか、思い出なんかも、實は匂いにすれば、そんなものなのか? すると、やつぱり、この惡臭が、あの晩の女の匂いだつたのか?……いやいや、ちがう! 俺の鋭どい嗅覺が、いくらなんでも、そんなに大きなまちがいを犯すことは無い。あの肌の匂いは、良かつた。美しかつた。この女の體臭は、ムカムカする。腐りかけている。……そうなんです。
それでいて、「この女だ」と僕は思つたのです。確信に近いものが僕に生れたのです。それが、どういう事なのだか、僕には全くわかりませんでした。そして、今となつては、そんな事など、どうでもよいと思つています。……
そうです、僕は、あの女をヤッと見つけました。そしたら、それと同時に
前へ
次へ
全388ページ中343ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング