しいような氣がして來る。
室には、病氣特有のスッパイような匂いと、クレゾール液の匂いの入れまじつた空氣が重くよどんでいる。室に入つて來るや、自分の搜す女では無いと思つたが、それきり、安子と相對している間中、あの女のことなど思い出しもしなかつた。それほど、この室の空氣の匂いと、椎名安子の人柄は、もうどうしようも無い、決定的なものであつた。自分などが何か言つても、そんなことは全部はじき飛ばされてしまうだろう。……この人は、どうして暮しているのだろう? 家族は居ないのだろうか? 親戚は無いのだろうか? 看病する人は? 醫者にはかかつているのか?――そんな事考えたが、口に出しては言い出せなかつた。言い出しても仕方が無い氣がした。そんな事を言う自分がセンエツなような輕薄なように思われる。第一、安子がチャンと答えてはくれまいと言う氣がした。しかたが無いので歸る氣になつて、カンタンに失禮を詫び、「お大事に」と言い、金を千圓ばかり、安子には氣づかれないように枕元の盆の下にはさんで立ちかけた。そこへ、案内も乞わずに室に入つて來た男がある。自分よりも少し年の行つた、ハデな洋服を着た男で、その身なりやから
前へ
次へ
全388ページ中324ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング