入口が有るので入つて行くと、ガランとした室の、窓の部分が壁ごとゴボッと大穴が開いていて、いきなり青空が見え、風が吹きこんで來たりした。しかたが無いので、もとのドアの前にもどり、そのわきに積んである大きな木箱に腰をおろして待つことにした。……建物中がシーンとしている。ずいぶん永いこと、そうして待つていた。吸い過ぎたタバコのヤニで、口の中がスッカリにがくなつてしまつた。あきらめて、今日はもう歸ろうかと思いはじめた所へ、階下からコツコツと足音があがつて來て、階段口に背廣姿の男が現われ、スタスタとこつちに近づいて來た。その頃の東京では珍らしい位に高級なリュウとしたなりをして、革のカバンをさげている。四十四五歳。上品な形の口ひげとあごひげを生やしている。ジロリと私に一べつをくれてから、D―商事會社のドアを二つ三つノックした。
「そこは今、誰も居ないらしいですよ」と私は聲をかけた。「私も實は、訪ねて來たんだが――」
「やあ、そうですか――」
 男は微笑しながち振り返つた。その瞬間に、兩方で同時に相手を認めた。
「おお三好さんじやありませんか!」
「ああ、國友さん!」
 以前から笑顏のきれいな男で、
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