親と、すこしばかりの田畑を親類の家に託して、滿洲に渡つた。その際、この附近の農家から同行を希望した青年たちが七八人あり、いきおい杉雄が團長格にされて、渡滿。それまではよかつたが、終戰になつて今までに歸つて來た者は、その中の二人と久子だけで、杉雄はもちろん、五六人の者が歸つて來ず、中の數人は死んだと言うし、他の者も消息無く、いまだに生死不明のため、その家族たちの間で、山内杉雄や久子を怨むようになつた。特に團長格で行つた(一同からたつてと頼まれて、しかた無く一同の世話を燒いただけの由)杉雄の妻が無事で歸つて來たこと、しかも、他の者は消息さえもわからないのに、杉雄はシベリヤの收容所で、とにかく無事に働らいていると言う便りまで有つた事などが、それら家族たちの怨みに油を注ぎ、村民の大部分もこれといつしよになつて、久子一家を憎むようになつた。それには、終戰以後の一般の風潮もある。つまり、復員服を着た青年を見ただけで反感を抱き、中には「おめえたちが戰爭したりしたから、おれたちはこんなヒドい目に會うんだ」と言い放つ者がいたりする――つまり、あれ。「うちの子供をそそのかして滿洲なんかに連れて行つてしまつ
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