これです」
 ポケットから出したのは、ノートから引きちぎつたような紙で、それに、舞臺の人間がよく使うコンテ式のマユズミのなぐり書きで、
「姉上さま。あたしは、キジマという人からブジョクを受けました。もう知つた人に顏を見せられません。フクシュウをしないでは、もう生きてゆけません。あたしを、さがさないで下さい」と三行に書いてあつた。

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「ブジョクを受けました」
 その侮辱と言うのは、どういうことなのだろう? 「暴行」と取つていいのだろうか? だが、そうならば、なぜそう書かなかつたのだろう? 若い女の羞恥心のためか、又は、氣位いが高いために、自分が受けた淺ましい目を、むきつけに書けなかつたためか? しかし、いくら貴族出身の若い娘とは言つても、既に、猥雜な舞臺人の世界の中でもまれはじめて教カ月を經ており、しかも、もともと思つたことは不必要なまでにズケズケと言つてしまう性質の女が、そんな※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りくどい表現をするだろうか? しかし――と私は、儀禮的な心配の表情を顏にこびりつかせたまま、しかつめらしく控えている小松敏喬を前に置いたまま考えた。
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