ていたようです。ホントのキチガイになれれば、まだよかつたのでしよう。それが、頭のどこか知らんが、まだいくらかハッキリしているために、自分のしている愚劣さがわかるんです。もう、やり切れず、たまらない氣持でしばらく暮していました。
 そんな中で、ヒョッと、
「あの女に、もう一度逢つて見たら――」
 と思つたのです。
 なんのためだか、わかりませんでした。ただあの女にもう一度逢つて見れば、何かがハッキリしそうな氣がしたのです。ハッキリすれば、それで生きるか、死んでしまうか、つまり此の世と自分との間の結着がつきそうな氣持がしたのです。なつかしい氣持も少しは有りましたが、それよりも、變にワケのわからない、なにかもつと深い心持です。
 そう思いつくと、急に一日も早く逢いたくなりました。

        31[#「31」は縦中横]

 逢うと言つて、しかし、どこへ行つて、何をたよりに?
 名まえは勿論、顏だつてハッキリおぼえていない。あの家にしても、どこだつたか、第一、空襲で燒かれてしまつて、今は跡形も無いのかも知れない。……(いや、實は、それからしばらく經つてから、銀座裏や新橋京橋あたりの裏通り
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