も久保の表情には無かつた。この男は、もしかすると殺人者かもわからないのだ。そして、この男こそ、人を幾人殺しても平氣な人間かもしれない。そのような冷たい、不感の、強いものが此の男にはある。………見ているうちに次第に、ホントの恐怖がゾッと私に來た。
「逃げたようですね……」ポツンと彼が言つた。
「うむ……」
久保が圓陣の方へ向つて歩いている間か、又は、一團の者たちが逃げ走つたのと同時にか、杉田は貴島を助けながら逃げて行つたらしい。
とにかく、すべてが一瞬のうちに起り、その間なにを考えている暇も無く、氣がついた時には、私と久保だけが、闇の燒跡のまんなかにポカンと取り殘されていたのだ。今起つた事がホントに起つた事かどうか疑わしくなつて來るような時間であつた。キツネにばかされたと言うのは、こんな氣持を言うのだろう。
私と久保は、暗い中にいつまでも立ちつくしていた。……
26[#「26」は縦中横]
以上で、事件の見聞者としての私の記述は終る。
これだけでは、全體としても部分々々にも、よくわからない事があることを、私自身も知つている。しかしそれは、やむを得ない事であつた
前へ
次へ
全388ページ中213ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング