行つても、貴島も佐々も居ないとあつては、無駄だ。……そう思いながら、しかし私は自分でも知らぬ間に、久保のうしろから歩いていた。默々として歩いて行く彼の姿の中に、變に人を引きつける催眠術みたいなものがある。そのくせ、彼は私の方を振り返りもしない。防空壕の所に歸りつくまで一言も言わなかつた。何か考えているようでもあるが、それが何の事であるか見當がつかない。
 防空壕のある燒跡にくだつて行く坂道のへんから、あたりの暗さが急に濃くなつて、まるで墨の壺の中に入つて行くような氣がした。マーケット邊の灯の光に馴れた目が、特にそう感じることもあるかも知れないが、それを拔きにしても、その晩の闇は特に濃かつたようだ。
 石垣の所まで來ると、先ほどの男が又出て來て「やあ、お歸んなさい」と久保に笑いかけてから私に向つて
「さつきはすみませんでした。あたしは、黒田んとこの杉田と言いまして……杉田の杉で、一本杉と言われていますけどね、ズーッとこの、貴島の兄きに附いております」
 挨拶のしようも無いので、ただうなずいていると、久保を振りかえつて
「今、そこいらで、變な奴に逢わなかつたかね?」
「うん? いや逢わない
前へ 次へ
全388ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング