しい物を與えてくれています。新聞や雜誌や政治などの議論で、あちらでもこちらでも有りあまる程與えてくれているように見えます。しかし、そのどれもこれもホントのものでは無いような氣がします。どれも信用出來ないのです。なにかしらゴマカシのような氣がします。それは議論そのものに責任があるのではなく、戰爭のおかげで僕自身が何もかも信じられなくなつているためかも知れません。そうです、たしかにそれがあります。現在、方々であの戰爭がまちがつていたと言い立てている人たちの大部分が、戰爭中にそれを「聖戰だ聖戰だ」と言つて、僕らを戰爭へ驅り立てた人たちと同じ人たちなんです。そんな連中から驅り立てられたのはテメエたちが馬鹿だつたからだ、と言われれば、それまでです。たしかに僕らは馬鹿でした。しかし、僕らにどうしてそれがわかつたでしよう? どうして僕らは賢こくあり得たでしよう? 僕らは若くて、まだ無知だつた。それが惡いと言われれば、たしかに惡い。文句無し。しかし、そうだつたんだ。今でも、そうかも知れん。だから、方々であれがドロボウ戰爭であつたと言われているのも、ホントは嘘かも知れないと言う氣がするのです。裏には裏が
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