……Nは眼を据え緊張しきつて、パチパチとシャッタアを切つています。氣が付くと僕も手を握りしめ、むやみとノドが乾いていました。
「……ヒョッと僕は、貴島のことを思い浮べたんです、その時、そして、ああそうだと思いました。なぜだか、わかりません。あの前日、カフエで押し問答をしている時に、貴島の住所を問い詰めて來たルリの表情の中にあつた、僕には何の事やらわからない烈しいものが僕の頭に燒き附いていたためかもわかりません。貴島てえ奴の、おかしな性質のためかも知れません。貴島は憐れな奴です。赤ん坊みたいに憐れで、とても見ちやおれんです。それでいて、女たらしです。まあ色魔ですね。いろんな女を引つかけて歩くんですよ。いや、女の方から引つかかつて來るんだ。僕の知つているだけでも貴島を取り卷いている女が四五人はおります。あなたも、こないだ逢つたでしよう、あの染子などと言う女も、その一人ですよ。貴島の奴が、女にどんな事をするのか、わかりません。いずれ大した事はしないにちがい無い。だのにゾロゾロと女との關係が絶えないんだ。ルリに對してだつて、貴島がどんな事をしたのか、サッパリわかりやしません。なんにもしなかつた
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