でもあの劇團に居たいとは思つていないんですから。ですから、それはそれでいいんですけれど――」
 綿貫ルリは室に入つて來るなり、坐りもしない内からベラベラとやりだした。小松と言う舊子爵家の次女として育つた娘で、二十二才だと言うが、身體つきや態度は、まだ少女に近い。顏だけは上品、と言うよりも堂上華族の血を引いているせいか、ほとんどろうたけ[#「ろうたけ」に傍点]た瓜ざね顏で、古く續いて淀んだ血液の疲れを見せて、白磁のようなスベリとした皮膚をしていた。それが考えもしないで口を突いて出て來る言葉を小鳥がさえずるようにしやべる。先生と言うのは私のことである。終戰後、或る人の紹介状を持つて私を訪ねて來て以來、思わない時に出しぬけにやつて來ては、ほとんどいつも、家人へ案内も乞わないでズンズン私の室に入つて來ては、勝手なことをペラペラ話して歸つて行くのだつた。いつでも、なにかしら昂奮している。それが、子供が輕い上等の酒を飮まされて醉つてはしやいでいるような具合で、見ていて快よいので、私も強いて避けなかつた。その日は、薄いピンク色のクレプデシンのワンピースの、腰の所を青いエナメルのバンドでグッとしめつけ
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