つて、どこかの病院にでも連れて行かれるのだろうと思つた。
「ちかごろ、變な映畫を」と古賀さんは歩きながら言う「會員制かなんかで見せるのが方々に有るそうね?……あんた、見たことある?」
「ええ、一二度」
古賀さんはニヤリとして僕を振り返つて、
「あれだとかね……そいから、トロイカ。……ハルピンから來たんだつて言うわね、見せ物。フフ! そいつた映畫に寫されちやつたり、そのトロイカ式に使われちやつたり、いろんな目に會つたらしいんだ。ハッキリした事はわからんけどさ。もともと以前から、どうも話の樣子が、戀愛問題でひどい目に會つた結果、ヤケクソになつてしまつたとかで、まるでもう無軌道な事をやりちらして來たらしい。あんたとの事にしたつてそうだろう? いくらなんでも、バアの女給さんと言つたつて、普通の人が、そんな事をオイソレとしやしない。メチャメチャだつたね。それが終戰後、尚ひどくなつて、今度は商賣。そして今言つたような、……いえ、頭がハッキリしていれば、まさかそんな事にもなるまいけど、ボーッとなつちやつてるもんだから、惡い奴等の好き自由になつたんだな。それとも、そんな事するようになつたから、ボンヤリしちやつたか……とにかく――も有るには有るから、いずれは、なんだけどね」
と、その最後の文句の中で、ペラペラとドイツ語で醫學の言葉をはさんで言う。性病の名らしい。
「すると――?」と言う僕に、うなづいて見せてから、古賀さんは、左手の人差指で、自分のコメカミの所でグルリと丸を描いて「……まだホンモノにはなつていない。でも、話は出來ないから、默つていてね。……失語症とでも言うかな」
一歩々々、僕は地獄におりて行く氣持。頭から血が引いて、足がガタガタして、どこを歩いているかわからず。
「それとも、會うの、よして、このまま歸る?」僕の顏が死人のようになつているのだろう、古賀さんは氣の毒そうに言う。「だから、あたしが最初言つたろ?……歸る、このまま?」
「……いえ、會います」
齒を食いしばつているのが自分でもわかる。それをジッと見定めてから、古賀さんは、今度は口をつぐんで、サッサと歩き出した。それきり、その横穴に着くまで一言も言わず。
前にも書いた、僕はどこかの病院に連れて行かれると思つていたので、古賀さんが、間も無く、公園の――あれはどのへんと言えばよいか、とにかく驛からあまり遠く無い、あちこち樹立ちのある所をグルリ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ると、土地がいつたんグッとさがつて、その片側が、急な傾斜の、まあ小さな崖になつている――その崖に、正面からは下生えやカン木が邪魔してよく見えないが、そばへ行くと、小さい入口が二つ並んでいる。その一つに、古賀さんが身をこごめて入りこんだのには、ビックリした。しかた無く自分も入つて行くと、戰爭中の仕事だろう、内部は割に廣い横穴。と言つても、もともと大急ぎで一時しのぎに掘られたもので、その後くづれ、こわれて、高さ五尺たらず、横はばは四尺ぐらい、奧行も二間そこそこ。暗い。と言つても、奧が淺いので眼が馴れると、奧まで一眼で見えるし、地面にはワラやボロボロになつたムシロなど、ちらかつて、紙クズやあきカンなど捨ててあり、陰慘な感じはあまり無く、どこかのゴミ捨ての穴と言つたところ。
そこに、和服を着た小柄な女がションボリ、向う向きに立つていたのが、僕等二人が入つて來たのに氣づき、フラリと此方へ振り向く。
その顏を見ると、僕はウッと息をのんだ。いや、その女の顏が異樣であつたとか言うためでは無い。永く風呂に入らぬらしく、よごれて生ま白い皮膚の、むしろ平凡すぎるような中高かの顏。髮も普通の洋髮にまとめている。もちろん、僕には見おぼえは無かつた。……それでいて「ああ、この人だ」と思つたのだ。どう言うわけだろう? 古賀さんの話や、Mさんの書き物から受けた暗示が僕に作用したのか? それとも、匂い?……いやいや、匂いと言えば、その穴の中のゴミ捨て場のような臭いだけで、それ以外には無い。わきに立つている古賀さんからは、中年女のヒナタくさいみたいな匂いと、徴かなクレゾールの匂いがするだけ。だから匂いのためなんかでは無い。だのに、なぜその瞬間に、あんな強い確信みたいなものが僕の中に生れたのか? わからぬ。そして今となつては、その確信もあやしくなつて來ている。
「またこんな所に來てんのね?……どう言うの? さ、歸ろう歸ろう」
言われて、その女は逆光のために眼をすこししわめて此方を見ていたが、直ぐに古賀さんを認め
「ああ、古賀先生……」と言つて、すこし恥かしそうにニッと笑つて、頭をさげた。その動作がグナリとして、身體全體がひどく軟かい――と言うより、骨が無いような感じ。あるいは、衰弱しているセイかとも思う。それ以外に別に異状
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