なくなりました。それは此の女のイヤな所だけど、しかしそういう手きびしい所が有るからこそ、亭主の歸國を待つて、村人たちの迫害に耐えながら女手一つで一家を守つて行くことが出來るのではないか。つまり、それが彼女をシャンと支えている柱になつているのではないか。それが僕にわかつて來たのです。それに、この人は正直です。人間、だれしもホントに自分自身に正直である場合は、多かれ少かれ、他人が見たら粗野にならないではいられないのではないか。それでいいのではないだろうか。久子さんを見ていると、そんな氣がしました。「人間は、半分は動物だ」と言う感じが久子さんを見ている時ほどピッタリすることはありません。僕は、ほかに、こんな感じのする女を、あまり知りません。いや、同じ感じがルリに有ります。これにはビックリしました。後になつて、ルリが現われて、久子さんと並んで僕の前に立つた時に、ルリもそう言う感じを持つており、ですから久子さんとルリがその點でひどく似通つている事を知つた時に、僕は非常におどろきました。――とにかく、それは時によつて英語でディスガスティングと言う言葉が有るようですが、あれです、つまりゲスで、やりきれない感じなのです。それでいて、氣が附いて見ると、客觀的に言つて、ほかのどんなお上品な女よりも久子さんのしている事は倫理的にも上等なのです。ホンの一例ですけれど、男に對する貞潔さ。僕は終戰後の世間で、夫や許婚が歸つて來ないうちに、他に男をこしらえたりして、そのために後になつてゴタゴタが起きている例をたくさん知つていますが、そんなのを見るたびに「夫や許婚が歸るまで、とにかく待てばいいじやないか。それからの事にすればいいじやないか。男はみんなひどい目に逢つて歸つて來るんだ。それさえも待てないか!」と思い、それを通して、そう言つた日本の若い女たちに對してヘドの出るようなケイベツを感じ通して來ているのですが、その點で、久子さんを見ていると、なにか男としてホッと安心できるような氣がします。人の事ですけど、たのもしいような、お禮が言いたいような氣持がするんです。そのほか、生きることの一切を通じて、責任感が強く、獨立していて、堂々と確信をもつて正しい事をやつているのです。
僕は久子さんからガミガミ叱られながら百姓仕事をしたり、カツギ屋をしたりする生活が、氣もちよくなつて來ました。そうしていれば、僕の働らきが、久子さん一家のためにも、かなりの役に立つことが僕にわかります。久子さんも時々「貴島さんが來てくれてから、とんだ助からあ」と言つて笑うことがあるのです。僕は愉快でした。とにかく、主人がまだ歸らない留守家族の一つを、こんな俺の力でも、すこしは支えるタシになつているのだ、と思つたのです。それに、久子さんは僕にとつては、まるで女のような氣がしないので、夫の留守の家に、その若い妻といつしよに暮している、と言つたような氣持の負擔がほとんど僕に無いことも、ありがたいのでした。その點ではおもしろい事に、他から見てもそう見えるのか、最初のうち、多少は妙な眼で見ていた村の人たちも、いつの間にか、僕のことを久子さんの實の弟か又は親類の青年でも手傳いに來て働らいていると見るようになつたらしいのです。お婆さんも、それから敏雄という幼兒も僕になじんで、僕を好いてくれました。
農事の暇を見ては、豆やイモや米や麥などをかついで上京します。途中でその筋の手につかまつた事や、列車から飛びおりて逃げたりした事が數囘あります。しかし、それも久子さんの言う通り「法律をぐぐつてしているのだから、しかたが無い」とあきらめてスナオにしているので、大した苦にはなりません。當局でもあの頃は、或る程度まで「やむを得ない事」と見ていたようで、一見して惡質の者以外は、それほどキビシい取扱いはしなかつたようです。僕の運ぶ物は、それほど量が多く無いし、ほとんどS裏の「春子の家」で買つてもらいました。はじめの頃、夕飯を食いかたがた、そこに寄り、春子さんにいろいろ聞かれるままに、これこれだと話すと、それなら、どうせ内でも買わなければならんから、よかつたら、ほかへ行かないで此處へ來てくれと言うので、それ以來、ほかよりも、いくらかずつ安く買つてもらうことにしたのです。どうせ、今どきの小料理のことで材料は闇で買い入れなければ立ち行かない状態なので、春子さんの方でも、よろこんでくれました。僕が行くと、まるでお客のように酒をつけて御馳走をしてくれ、おそくなると奧の小部屋に泊らせてくれます。上京のたびに、僕はあちこちと歩きます。そして疲れ切つて山梨へ戻つて行くのです。あの女の事を除いては、僕の生活は、ほとんど何の不滿も無く、復員以來、はじめて落着いたらしく見えました。氣が附いて見ると、ゴロツキの兄きかぶでいた僕が、みすぼらしい姿
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