だのコナシ、それからアゴの所の刀キズらしいものの有る下品な、ソソケ立つたような顏などで、一目見て、バクチ打ちかゴロツキのような事をしている男だと自分にはわかつた。それも、大した格の男では無い。グレン隊あがりの自分免許の兄き分と言つた所か。永らく黒田組に居たせいで、自分のそういう目は鋭くなつている。……そして室に入つて來た態度から、默つてジロリと自分を見上げた目つき、それから安子の方へ
「どうした――?」
 と言つた言葉の調子などから、これが現在の安子の男であることが、わかる。
 ああそうか。……自分は男に默禮して室を出て行きながら、それならば、さしあたり、別に心配することは無いと、妙な安心みたいなものを感じた。同時に、おそろしくミジメな氣持になつている自分に氣附く。
 外に出て、Tの場末のゴミゴミした通りを驛の方へ歩いて行きながら、どうしたのか急に悲しくなり、胸がせきあげて來て、涙がとまらない。こんな事は自分にはメッタに無い事だ。通る人が見るので、涙がとまるまで電柱のかげに立つていた。そして、椎名安子を、又しばらくしたら見舞いに來ようと思つた。

 志村小夜子。
 東京の郊外のSに住んでいる。
 椎名安子からこの女の現住所を聞いて訪ねて行つたが、その番地へ行つても、家がしばらくわからなかつたが、そのうち氣が附くと、なんの事だ、自分が何度もその家の前を通り過ぎた。今どきでは豪壯と言つてもよいような立派な邸宅が、それだつた。志村某々と、小夜子の夫のだろう表札が出ていて、明らかに終戰後に新築したものである。なんのわけも無いのに自分はそんな立派な家に住んでいる人だとは思つていなかつた。なにか意外なような氣がしてしかたが無かつた。どうもこれは、今迄自分が訪ねて行つた女たちが全部と言つてよい位に貧しくつつましい生活をしていたのが、いつの間にか、あとも全部似たような人たちだろうと思うようになつていたためか。
 訪れると小夜子は内にいて、快く會つてくれた。家の内部も豪華なもので、小夜子も金のかかつたナリをしている。家の樣子を見たばかりで、どうせ今どきこんな立派な邸宅に住んでいるのは、新興成金かなにかだろうと自分は思つていたが、それにしては、そこいらの好みがアカぬけしていて下卑たケバケバしい所が無い。これも少し意外だつた。もつとも、後で聞いたところによると、小夜子の夫は、やつぱり土建業の新興事業家だつた。ただ他の成金とちがうのは、戰爭以前から――財閥に深い關係を持つていた實業家、言わば名家の次男であつて、戰後財閥解體のアホリを食つて、ほとんど無一物になつたが、――財閥關係の人的關係のつながりは依然として殘つていて、金融方面ではそれがなかなか物を言う。そのような關係をうまく利用して土建會社を起して成功し、今ではその會社の會長で、他にも二三の會社に關係している。戰爭中、まだ小夜子が女優をやつていた時に、そのパトロンだつたが、終戰直後、妻を失い、間も無く、正式に小夜子を後妻として迎えた。先妻の子が二人いるが、二人とも既に大きく、別棟の家に別居の形。小夜子には、まだ子供無し。生活は豐かで、小型の自家用車を乘りまわし、月に二三度は外國人などを招いてダンス・パーティを開く由。立派なブルジョアの生活。しかし、すべてに夫妻の趣味の良さが行き渡つていて、成金式のゲスな所は無く、小夜子は非常に滿足しており、幸福に見える。顏も姿もサエザエと美しい。
 ――一時間ばかり會つて話している間に、自分が總合したのは以上のような事であつた。Mさんの事を言うと、「ホントにねえ、なんと申したらいいんですか……どうして又、いくら芝居をするためとは言いながら、原子爆彈の落ちる十日ばかり前なんかに、選りに選つて廣島なぞにいらしつたんですかねえ。あの方の事を思うと、今でも泣けて來るんですの」と言いながらサメザメと涙を流す。
 その言葉つきや涙の顏などが實に綺麗で、まるで芝居でも見ているよう。全體がどうも美しすぎる。言葉も動作も。自分はそれを見ながら、これまでに訪ねて行つた數人の女たちがMさんの事を語る語り方が、それぞれに違つていたのを思い出していた。特に前の椎名安子のそれと、山内久子のイハイの事、それから立川景子の悲しみ方などを、この志村小夜子の涙と心の中で較べていた。椎名安子は、自分には少し怖い。近よりにくい。立川景子は、なにか誇張して、別に惡い意味では無く行き過ぎているような氣がする。山内久子はイハイを見ていても、泣いたりはしなかつた。ただ默つて、深い強い目色をしていただけ。……そんなふうに思つていたら、どういうわけか急に、もう一度、山梨縣の久子の家に行つて見たいような氣がした。……ところで、この志村小夜子のこの美しい涙は、すると、どう言えばよいのだろう? たしかにそれは悲しみの涙で
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