――しかし、いずれにしろ、綿貫ルリの事は、自分にはよくわかつていない。終戰後、わずか半年あまりの附き合い――と言つても、時々訪ねて來ては、いろいろの事について私の意見を聞きたいと言つていながら、ほとんど自分一人で喋り立てては立ち去つて行くというだけの交渉――の間に、私にわかつた事は、ただ、彼女の性質が、一本氣で、血統と育ちから來た率直さ――たいがいの事にたじろいだり惡びれたりしない強さと「少女小説」風の感傷癖が、こぐらかつて入れ混つているらしいと言う事ぐらいの所である。それも、ただ、受身の、しようことなしの推測に過ぎない。それが、この書き置き一つを土臺にして、いくら考えて見てもハッキリした事がわかる道理は無い。…………要するに何か妙な事が彼女の上に起き、それに貴島が關係しているという事だけは、たしかである。だが、私は、貴島のことを、小松敏喬に話すのはよした。早まつて貴島の名を言い出して、もしかするとなんでも無いことかも知れない事がらの前に、カラ騷ぎを演じることになつてもつまらぬと思つた事と、とにかくあの晩ルリを送つて行つてくれるよう貴島に言い出したのは私だから、多少の責任みたいなものが有るようだし、氣がかりでもあるしするので、さしあたり自分だけで今日にでも貴島勉に會つて見よう、という氣に、なつていたのであつた。
「わかりました。……少しばかり心當りが無いこともありません。問合せてみましよう。何かわかりましたらお知らせします」
「そうお願いできると實にありがたいと存じます。なんとも、どうも、とんだ御迷惑さまですが……母親など心痛のあまり寢ついたりしてしまいまして――」
「……そいで、ルリさん――いや、芙佐子さんの御親戚……何かの場合に一時身を寄せると言つたようなお家は、東京に?」
「はあ、二軒ばかり親戚は有るには有ります。しかし、いずれも……御存じの通り、こんなことになりまして、……もと京都から來た貧乏華族の家でして、それだけに又融通が利かないと言いますか、今度のなん[#「なん」に傍点]では實際よりも以上に、この、こたえるんですなあ。もうスッカリ動てんしていまして、もう、たとえ、親類同志の間でも、他家のことなどを構つているユトリはありませんで、はあ。それに、いまだに格式と言つたような事にこだわつておりまして、この、芙佐子が女優になつた事なども、一門の恥じ……まあ、そう言つた、なん[#「なん」に傍点]です……いつさい親戚づきあいはしない――つまり義絶と言つた……ですから、まあ――いえ、念のため私、みな寄つて見るには見ましたが、やつぱり、ズット見かけない――」
「そうですか。ようござんす。とにかく私にできるだけ、搜してみましよう」
「それでは、どうか、よろしく……もしなん[#「なん」に傍点]でしたら、私の勤務先の方へお電話をいただければ―」そう言つて小松敏喬は或る官廳の寺社關係の部課名と電話番號を書いた名刺を、ルリの置手紙の上にのせて、席を立つた。
彼を送り出すと、私はすぐに貴島がくれた名刺をさがし出して、そこに書いてあるD興業株式會社の所番地の大體の見當を地圖でしらべた。住んでいるのは荻窪だと言つていたが、名刺にはそれは書いてないから、さしあたり、その會社に行つて見る以外に無い。私は、仕度をして家を出た。
電車を乘りつぎ、約一時間後――午後おそく、私はその日本橋R町の瓦礫の中に立つていた。あたり一面燒け落ちてしまつた中に、コンクリート建てのビルディングや土藏などの殘骸がポツリポツリと立つている。番號も書き出してないし、三四丁行けば繁華な街に出られるという所なのに通行人もほとんど無し、土地の人のバラック住宅もまだ建つていないので、人にたずねようも無い。しかたなく、次ぎ次ぎとその邊中の燒け殘りの建物の前に立つたり、それをグルリと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つたり、階段をあがつてみたりして、一時間ばかりも搜した末に、やつと、コンクリートの側面全部が火にあぶられて薄桃色にこげたビルディングの二階に、それらしい事務所を見つけだした。ドアのわきにさがつている木札にD―商事會社とある。名刺にはD―興業株式會社と印刷してあるので、多少心もとないが、D―と言う名は同じなので、ともかくと思い、ドアを開けようとしたが、開かない。ノックをしても、誰も出て來なかつた。内部に人の氣配が無い。他に、ほかの事務所か、又は管理人の室でもあるかと思い、廊下をあちこちして階下へも降り、行ける所へは全部行つて見たが、人一人居なかつた。廊下の突き當りに、階上にあがる階段が有るから、あがつて行きかけると中途に、こわれかかつた椅子やテーブルを積み上げて遮斷してあつたり、木札のかかつたドアが有るから開けようとすると釘付けになつていたり、反對に、ドアもなにも無い
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