さんが今まで生きていたつて今ごろはキット忘れていられたと思うわ。あの人が主演した映畫に二度ばかり、通り拔けみたいな役で出してもらつた事があるきりだもの。その二度目の映畫の時にね、私が何かしくじつて――たしか私のためNGが出ちやつて――當時フィルムが足りないのでNGがやかましかつた時代でしよう、助監督から頭ごなしにダイコン! などと言われて、セットの隅つこでショゲてね、死んじまおうかなどと考えて……これで當時、まだ若くつて純情だつたからね、ハハハ、ほんとさ! そしたら、Mさんが食事の歸りかなんかで通りかかつてね、どうしたと聞かれるのでこれこれと話したら、よしよし、それは君の過失だ、過失は惡い、しかし誰だつて過失はするよ、僕があやまつといてやるから泣くな、そう言つてね、あたしを慰めるつもりなんでしようね、そう言いながらもモグモグと食べていたトースト・パンの、食いかけのままのヤツを、自分の口をつけたコバグチの所をチョイチョイとむしり取つて、いきなり私にくれるの。食べろと言うんだわ。自分の食べかけのパンよ。無理に私の手に持たせて、オット仕事だあ! と言つてセットの方へ驅け出して行つた。…………あたしは、うれしかつた。永いことそのパンを見ていた。死んでもいいと思つたなあ。その時の、コバグチをむしり取つたMさんの女のようにコマゴマとした手つきが今でも目に見えるの。…………そう言うことがあつたの。それを思い出したら、たまらなくなつた。……良い人だつたわねえ。良い人は早く死ぬ。あたしなんぞ、あんな人の代りに死ねるもんなら、身代りに死んでりやよかつた。ホントーオに、そう思うの。生きていたつて、このザマだもん! 以前から私なんぞ花の咲いた事は無かつたけど、しかし昔は、氣持だけはチャンとしてた。純粹だつたもの。だから、苦しいのなんかヘイチャラだつた。今は、もう、腹ん中がダメんなつてしまつてる。量見がまちがつて來ちやつてる。だから、こんな仕事なんかフッツリとよせばいいのよ。しかし、よせないの。こいで、十年前によしておけば、よせた。今となつては、もう、やめようと思つてもダメ。ひでえもんさ。……やめられないとあれば、仕事の選り好みを言つてはおれない。ダラクもするさ。でないと、こんな所に一日でも、いつときでも、がまん出來やしないの。がまんして、こんな所に居るためには、自分がダラクすることが必要なのよ。わかる、あんた? ごらんなさい、此處に居るこの連中!」
しまいの方を段々小さい聲になり、最後の文句はほとんどささやくように言つて、樂屋の中の女たちをアゴでさし、「ね! こんだけ若い女たちがいるわね。たいがいみんな、割に氣だての良い子ばかりなのよ。そいで、この中の半分ぐらいが、どんな事をして暮していると思う? え? こうしてハダカやなんかになつて一日三囘も舞臺に立つてだな、座からもらう給金は、人にも言えない位のポッチリ。そうね、一人前の生活をやつて行ける程度の金をもらつている人は、先ず二三人しきや居ない。で、あとは、アルバイト。フフフ、お座敷に出たり、パーティに呼ばれたり。その方の稼ぎが大きいのね。中には、それだけの事でキレイに稼いでいる子も居るけど、人によつちや、相當タッシャな事をしているのも居るわね。もつとも、自分では女優やダンサアだという誇りを持つているから、よしんば男をなんにん相手にしても、好意を持つたからとか戀愛したとかパトロンだとか、いろいろにモットモな理由はくつついている。無意識の口實だわね。そして、實際にしている事は、商賣人以上のことをやるのが居る。だから、ここで踊つたりしているのは、そんな子に取つちや、張り店みたいな役に立つているわけで、よしんば給料がタダであつても舞臺はよせないわけよ。そうなの。中には、舞臺衣しようをソックリ着たまま外國人のワイルド・パアティなぞへ行つて踊つたりする。……しかし私には、そいつを惡くは言えない。だつて、そうしないと、やつて行けないんだもの。キレイなニュウ・ルックも着たいわね、あの年頃には。それさ。私には惡く言えない。そうじやなくつて? 誰がヒナンできると言うの、男優連だつて似たり寄つたりだわ。しかたが無いんだもの。マゴマゴしていると食いつぱぐれるし、落伍してしまう。そういう世界よ。私なんぞ、そういう所に落ちて來ているの。フフ! もつとも、私はもう自分でしたいと思つても、こうなつちや、荒い稼ぎなぞ出來ないの。しかたが無いからシワやブクブク太りを、オシロイやドウランでごまかして、ハダカになつたり、腰を振つたりしてね、フフフ! 家も燒けたし、今ズーッとこの樂屋で寢泊りしてんのよ。鼠といつしよにね」
34[#「34」は縦中横]
立川景子は、僕の搜している女では無い。
匂いをかいで見る必要なぞあり
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