りして歩いている浮浪に近い。わざわざ人を訪ねて行くことなど、めつたに無い。私が相手をハッキリとその人と知り、相手も私と知つて面會するのは、ほとんど、その人が私の所へ來訪した時に限られていると言つてもよいのである。
國友大助は相變らず立派なナリをして、おだやかな顏で私の前に坐つた。昨日の佐々の話があるので、私は無意識の中に改めて國友を調べ直すような眼で見たが、どこから見ても堅實な新興會社の重役といつた人柄で、裏に影を少しも感じさせない。いつか貴島に斬られた傷の跡がこめかみのあたりにうつすりと殘つていた。それもしかし、そう思つて見るからの事で、知らずに見ればヒゲすりの際にカミソリがすべつた跡ぐらいにしか見えない。手土産に持つて來たウィスキーのびんを、私に見せようともしないで室の隅に押しやりながら、私の仕事部屋の壁の上の佛畫などに珍らしそうな眼を向けながらニコニコしている。
「いつぞやは………」
「やあ………こういう所で、やつていられるんですか。いいなあ、あなたなぞの仕事は。こういう所で落着いてやつていられれば、それで暮しになるんだからなあ。羨ましい」
「駄目だ。落着いているように見えるのは外見だけで、こういう事になつて來るとわれわれの仕事ほど頼りにならない、おかしな仕事はないんだ。われながらどうしてこれで食つて行けているものだかわからないような始末でね」
「そうかなあ。そんな事はないでしよう?」
「そうなんですよ。然しまあ、暮しの事はいまどき誰にしろ苦しいんだから、それは言わないとしてもだ、仕事の内容を考えると、當分もう駄目だな。確かに日本は亡びた。もうどうしようもない。少くともこれから先五十年や百年はどうにも處置ない。そういう氣がする。日本人を相手にして日本人の事を書いていると、どうしてもそういう氣がしますよ」
「確かにそりやあ、そう言われればそう言う氣もしますね。新聞や雜誌で道義地に落ちたりなどと言つているが、道義なんて私共には何の事だかわからないが、近頃の日本人、ダラシが無くなつた事は事實です。まあ乞食だな。とにかく、一切合切は腹がくちくなつた後の話と言つた光景で、法も道も何ちゆう事はないようですからね、ハハ!」
相手の氣持をはかりかねて、始めの間私は落着けなかつた。然し彼の調子には別に含むような所はなく、今の時代の有樣についての感想なども、彼は彼なりに相當深い見方をしていて、それをしみじみと本心から語つている。語り口は、例の通り輕いものだが、その底に一時のものではない嘆息がこもつていた。話している間に私も何時の間にか、この男の訪問の目的をせんさくする氣持を忘れて、久しぶりの舊知との會話を樂しむ氣持になつていた。
その中に國友は、今までの話の續きのように氣輕な調子でヒョイと
「いつかお目にかかつた時に、あなた、D興業會社の社長秘書の貴島という男に會うんだとおつしやつていたが、お會いになりましたか?」
「………會いました」
「ごく最近?」
「いや、しばらく前だ。君にお目にかかつたあの晩遲くだつたかな」
「………それからお會いにならない?」
「會わない。どうして?」
「いや。…………貴島君、今どこにいるか御存じありませんか?」
「住んでいるのは荻窪だが………」
「そりや知つていますがね。………横濱へんに今居るらしい事も知つていますが、ハッキリわからない。一度是非會いたいんですが」
「…………さあ僕もよく知らないんだ」
佐々の話の内容がパッパッと私の頭に閃いて來た。
「もし御存じなら教えてほしいんですがね」
「いやほんとに知らない」
「そうですか………」とおだやかな調子で眼を伏せてしばらく何か考えていたが、今度はジロリと見上げて「まさか、お宅にいるんじやあないでしようね?」
「………どうしてそんな事を言うの?」
不快をかくさない私の調子に、今度は詑びるように
「そんな氣で言つたんじやありません。大至急にあの男に會わなきやならないので、つまり、急いでいるもんですから、ついどうも……」
佐々の話が事實だとすると、この連中は貴島に復讐するために、そのありかを追求している。うつかりした事は喋れない。………
そこへ家人がやつて來て「ちよつと」というので居間の方へ立つて見ると「先程から、すぐそこの角に變な人が二人立つています。今來ているお客さんと一緒に來た人達のようですけど、とても人相の惡い氣味の惡いような――」と低い聲で言うので、私は下へ降りて木戸口を出てそちらを見た。私の家は袋小路の突當りにあり、その袋小路を出て二十歩位の所が小さい四つ角になつている。その四つ角の兩側に洋服を着た男が一人ずつ立つていた。二人とも若い男で、一方は普通の顏をしているが、もう一人の男は顏中むざんな切り傷だらけで、その爲に片眼がつぶれているようだ。物
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