の佐々は、いつもとはちがつていた。この前、綿貫ルリの裸體寫眞一件の話をおもしろおかしくしやべりまくつた折の、明るい道化た調子など、まるで無い。陰うつとまでは行かないが、頭が何かで一杯になつていてそれ以外の事は受付けないと言つたふうだつた。自制しておさえつけた鋭どさが、顏つきにも言葉の調子にもある。別人のように口數もすくない。急いでもいるようだつた。
「貴島から頼まれて來ました。自分で來たいけど、今のところいつ伺えるかわからないし、それに急ぐと言うんです。僕も社の用事や久保の會社の方のゴタゴタの事なぞで忙しいんで、こちらへ寄つている暇は無いんですけど、どうしても寄つてくれと言うんです。泣くように頼むんです。しかたがないのでお伺いしました」
「どんな事だろう?」
「…………貴島が言つた通りに言います。Mさんのお友達や知人の名まえと住所のリストを、あなたの御存じになつている限り、なるべく詳しく書いてください。とくに、女の人たちの事をくわしく書いてほしい。それが女優さんだつた場合には藝名と本名を同時に、それからハッキリした住所がわからない場合には、だいたいの見當で、どこそこに住んでいるらしいと言うふうに書いてください。そう言いました。そんだけです」
「いつだつたかも、貴島君はそんな事を言つていたが、Mの知人のリストなどをどうしようというんだろう?」
「そんなことは僕にも判りません。彼奴はひどい色魔ですから、そんなものをたよりにして若い映畫女優などに當つて歩きたいと言つたような事かもわかりません。しかしそれにしては、あんまり眞劍すぎますしね、今さらそんな事をしなくても、彼奴を追つかけまわしている女は掃いて捨てるほど居るんです。とにかく、彼奴のする事はわかりませんよ。唯泣くように頼むもんですからね。書いて下さらないでしようか? 實は今日は僕急ぐんです」
怒つたように言つて後は語らない。
とりつく島がないし、それをことわる理由もないので、私は古い手帳や住所録の類を取り出してリストを作りはじめた。亡友Mは映畫と演劇の兩方に永らく働いていた男だし、ひどい遊び好きの上に世の中のあらゆる事柄や人間に對してコッケイに思われる位に強い興味を持つていた男なので、友人知己の數は非常に多かつた。しかし彼と私の共通の知人、特に女性となると、ほとんどが演劇映畫關係に限られ、中に僅かに普通の知友關係とバーやカフエの女給などがまじつているだけだ。それでも住所録や手帳から書き拔いてみると二十名ばかりあつた。中の十五六人が女性である。しかしいずれにしろ戰前から戰爭末期へかけての記録であつて、終戰以後の激しい世態の動きの中で、それらの人々の住所はもちろんのこと、境遇なども、以前のままである者はすくないのではないかと思われた。
私がリストを作つている間、佐々はムッツリと怒つたような顏で一言も口をきかなかつた。重大な用が自分にはあるのに、こんな愚劣な事で時間を取られるのはやりきれない……そんなふうに思つているらしい。
作り上げたリストを私は默つて彼の前に出した。
「すみませんでした。じや、これで僕は失敬します」
「貴島君はまだ横濱の船の中に隱れているの?」
「え?……」佐々はジロリと私を見て「どうしてそれを知つているんですか?」
「四五日前に手紙をくれてね、そんなような事が書いてあつた」
「あそうか。………そうです。もつとも船にはもう居ないようで、又ほかへ移つたらしいですがね」
「ぜんたいそんなにしていなきやならないなんて、どういうのかね?」
「黒田組と束京のゴロツキ連中……そいつらと黒田組の間で取引きの事でゴタゴタがあつたらしいんですがね、そん中に貴島がまきこまれていて、と言つてもあの男の事ですから、詳しい事情も知らないままで、思いきつた事をやつちまつたらしいんです。先方のゴロツキの頭かぶの奴をなぐりたおしたか斬つたかもしたらしい。詳しい事は言わないんです。そんな事でモツレがひどくなつて、しばらく前からヤッサモッサもんでいたやつがこの一週間ばかり急に手荒い加減になつて來たんです。今となつては、先方では仕事のモツレの事よりも、貴島のような若造に勝手な事をされちやあ、そのままにしておけないと言うらしくつて、もつぱら貴島にとりついて來ているようですね。二三日前も黒田策太郎と貴島の間の連絡係をやつていた黒田の子分が、夜遲く貴島の所へ行つた歸りに野毛の裏街で袋叩きにあつてあばら骨を三本ばかりおつぺしよられて、今死にそうになつています。まあ、貴島も一寸あぶないですねえ。じやあこれで」
言い拾てて立ち上つた。それを玄關に送り出しながら私の頭に國友大助の事が浮び上つていた。東京の頭かぶの男というのが、それでは國友の事であろうか?
「綿貫ルリはその後どうしているか知らんかね? 横濱
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