してつて、君が家出をして何處へ行つたかわからんから」
「ふーん。そう?」
「なんでもお母さんは苦に病んで寢こんでいられるそうだ。實は僕も、君を搜していた。……どんな事情だか僕にはわからんけど、一度家に歸つたらどうかな?」
「歸らないの家には、もう」
 アッサリ言つて、窓の外を見た。ちようど電車はその高圓寺邊を走つていたが、彼女の顏には別に變つた表情は現われない。それを見ていて、今にわかに家に歸ることをすすめても、なんの效果も無いだろうと言う氣が私にした。
「どうしてだろう?」
「ううん、ただ家には居たくないの。お母さまが寢ついているんだつて――そうね。やつぱり心配はなすつているでしようけど、私のことでじや無いのよ。いえ、そりや私の事についてじやあるにはあつても、この私、つまり此處にこうしている私という人間――つまり、そのためじや無い。うまく言えないんだけど――それがお母さまや姉さまや義兄さんなのよ。先生にや、わかんないわ」
「しかし、とにかく心配なさつている事は事實だし、別に大したわけが無いんだつたら、一度歸つて、よく話してから又出るようにしたらどうだろう?」
「フフフ」明るく笑つて「ダメ! 先生にや、私の家の人たちのこと、わかんないの。先生だけで無く、誰にだつてわかるもんですか。あの人たちはみんなキチガイよ」
「……そいで今君はどこに住んでいる?」
「お友だちんとこ」
「R劇團の方は?」
「やめちやつた」
 ケロケロした調子だ、私はしばらく默つていてから、すこし思い切つて、
「君が家に殘して行つた置手紙を、小松さんが持つて來て、僕にも讀ましてくれたよ」
と言つて、ルリの顏を見ていた。
「ふん」と低く言つて、眼は伏せないで默つている。
「……ぜんたい、どんな事があつたの、貴島君と――」
 返事は無い。表情もほとんど變らない。ただ、耳の附根の邊からパーッと見る見るうちに血が走つて、顏がまつ赤になつた。まるで、夕立ちが近よつて來るようだ。目がさめるようだつた。私を見つめている兩眼が急に大きくなり、やがて、その兩眼から、まるで集つて來た血を濾過でもしたような調子に大粒の涙の玉が一つずつ、ポロリと出た。それでも怒つたように口を開かない。そのうちに、今度はスーッといつぺんに血が引いて、眞青になつた。腦貧血かなにか、そのまま倒れるのではないかという氣がした。私がめんくらつて、

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