かけながら體操をする。その間に、久保は炊事の水を汲みに附近の井戸へでも行くのか、バケツをさげてノソノソと姿を消す。すべてが、軍隊の野營地に於ける生活の延長のような感じである。薄曇りの五月の晝前の、あたり一面荒れ果てた燒跡の中で、それが又ピッタリと至極あたりまえの感じだつた。佐々の體操も明らかに軍隊でおぼえて來たもので、毎朝これをやるらしい。カラリと痩せた裸體だが、四肢の筋肉がよく發達していて、兩腕をふりまわしたり脚をひろげたり飛びあがつたりするたびに、すこし青白い皮膚の下で筋肉が面白いようにグリグリ動く。それをしばらく眺めていてから、私は歸る氣になつてそう言うと、いつしよに朝飯を食つて行けと言う。べつに心にも無いお世辭を言つている風は無い。
「だけど、ごつつおはありませんよ。おい久保お!」と體操の手はやめないままで、バケツをさげて戻つて來た久保に呼びかけ「おかずは無えんだろ? ひとつ走りなんか買つて來いよ。ゼニは俺のポケットにある。その間にメシはたいとく」「そうかあ」「早くしろよ」「おう!」それで久保が使いに行き、佐々が體操をやめて七輪に火を燃しつける。そうしながらも、私に話しかける。佐々の私に對する態度は、すこし馴々しすぎる位に親しみと敬意のこもつたものである。それでいて、昨夜私が眠つていると思つて「くだらねえ文士だ」と吐き捨てるように言つた調子も續いていて、その二つが面從腹背と言つたふうの矛盾した態度にはならない。どこかしらで私のことを「罪の無いオッサン」と言つたふうに輕蔑している事は事實だし、それを隱そうともしないが、敬意もなくさない。そこの處が私にはおもしろかつた。とにかく腹は立たないのである。久保の手帳のことを聞くと、その手帳を出して見せてくれる。貴島のことをたずねても、こだわり無く答える。しかし細かい事は何も知らない。貴島の性格や心理などについても知つていないし、知ろうともしていない。そんな事は全く問題にならないらしい。お互いに、あたりまえの、唯の友だちだと思つているようだ。……そうだ、そうかも知れないと私は思つた。それが普通かも知れないのだ。人間は昔から今に至るまで、大して變つてはいないし、又、今居るたくさんの人間の一人々々にしたつて他の人間とそれほど變つていないのかも知れない。一人々々の人間を特に他の人間とは違つた、わかりにくいもののように眺めるのは
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