貴島勉が、この二人との生活の中で、どのような位置を占めているのか、ハッキリとは、わからなかつた。しかし二人の話の中にチラチラ出て來る貴島についての言葉を綜合すると、貴島という人間が、一個の人格としてはほとんど捕捉することの出來ない位にシリメツレツに混亂し切つており、兇暴で異樣なものになつていながら、一面何か頑是の無い子供のようにひ弱で單純な所も有る人間であることがわかつて來た。佐々も久保も、その貴島の兇暴さのようなものを憎みながら、その子供らしい所を憐れみハラハラして見ているようである。一言に言つて、佐々と久保が、その全く違つた性格と生き方の、それぞれのやり方でもつて非常に強く貴島にむすばれているらしい事が、だんだん私にわかつて來たのである。
それは實に妙な一夜であつた。
暗い穴の底に横たわりながら、二時間も三時間もぶつつづけて、今の時代と社會について、ほとんど齒をむき出さんばかりの毒々しい言葉でもつて論爭している二人の青年。それを眠つたふりをして聞いている自分。あああ、これが一體夢でもなんでも無い、現代の正《しよう》の事であろうか?………ヒョット、これが戰線に於ける塹壕の中で、ドロドロになつた兵士同志が話し合つている光景だと思つて見た。そう言えば、佐々と久保、それから貴島も實際の上で戰友だつたと言う。何かハッとした。「そうだ!」と思つた。何がそうなのか、私にもわからなかつた。胸の底がシーンとなつて、何かが、そこから吹き上げて來るのを感じた。
氣が附いて見ると、入口の階段の所が薄明るくなつて來ていた。やがて夜が明けるのだろう。二人の議論はまだ續いていた。
14[#「14」は縦中横]
その次ぎの日に、私は綿貫ルリに逢つた。
それもアッケない事に、防空壕での一夜の歸り途に、しかも彼女自身の方からノコノコと私の前に姿を現わしたのである――
次ぎの朝――と言つても、はげしい議論の後で、久保も佐々も、それに私も、さすがに疲れてわずかの間トロトロとしただけだと思つたのが、實は數時間眠つたらしく、今度三人が前後して目をさました時は、すでに陽が高く昇つていた。ムックリ起きだした佐々が、いきなり壕舍の天窓と入口の戸を開け放ち、私と久保を外に追い出して、掃除をはじめる。それをすましてしまうと、自分も外に出て來て、サルマタひとつの素裸かになつて、號令を
前へ
次へ
全194ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング