して相手に渡した。
「これ」
「貴島に?」と國友は名刺と私の顏を見くらべている。スット笑顏を引つこめて、眼をチョッと光らせたようだつた。
「……ふーん、貴島を御存じですか?」
「いや知つていると言う程でも無いけど、一二度僕んとこに來たことがあつてね。それが、變な事で急に逢わなくちやならなくなつて」
「すると、……なんか、もめごとですか?」
「もめごと?……いやあ、そんな事じや無い。人からチョッと頼まれて。なんでも無いんだ」
それから國友は、なにか考えながらビールを飮んでいたが、しばらくたつてから「フム」と言つて元の笑顏になつて、
「なんか知りませんけど、三好さん、あんな男には、かかり合わん方がいいなあ」
「どうして?」
それには答えないで、一人ごとのように、
「ロクな事あ、無い」とつぶやいた。
國友は昔から、めつたにこんなふうな言い方をしない男だつた。どんな重大な事を語るにも、さりげない言葉で輕くイナスように言つてすます、――それが、そういう仲間の氣質と言うか習慣と言うか――その事を私は知つていた。
「すると、貴島が、なにか――? いや僕も實は貴島のことは、ほとんど知らないんだ。死んだM――友だちだが、そいつが一二度つれて來ただけでね。一體、D商事という所で、どんな仕事してるんだろう?」
「社長の黒田さん――私あチョッとひつかかりがあつて知つてるんですがね、――その、秘書だと言いますがね、まあ、用心棒だな」
「用心棒?」
私は反問しながら、貴島のあの殆んど女性的とも言えるおとなしい人柄や顏つきを思い出していた。それと國友の言うことが、ピッタリしなかつた。
「すると、しかし、D商事と言うとこの商賣は、なんかこの――?」
「ううん、ただの、ありや、ちつぽけな會社ですよ。いずれ、あれこれと落ちこぼれの仕事をしたりこうなれば、なんと言うことはありません。ハッハ、いや私なども、こいで、昔の元氣はありません。ムチャはやれんくなつた。しようが無え、ケチョンケチョン、ボロ負けの、四等國民と相成りの、ショビタレの、ねえあんた、三好さんよ、その、忍術も使えんです!」
醉つて來たようだが、取りとめ無い事をペラペラと言うだけで、それきり、最後まで、貴島の事には觸れて來なかつた。私は、貴島の事をもつとくわしく知りたかつたが、國友のような男が、いつたん言うまいと思つて口をとじたが最後
前へ
次へ
全194ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング