、「戰爭からこつち、これをやらない」
「さいすか」と微笑してから、小腰をかがめて眼をピタリと私の眼につけたまま……さりげないものだが、昔の例の「商賣人」の挨拶の構えで……「でも、御無事で、なによりでした」
「あんたも――」
兩方でシンミリと見合つた。十年前の若々しい無鐡砲な互いの生活と、その頃と現在までの間にはさまつていた荒い時代の波風。それら全部への想いが互いの視線の中に在つた。……
「とにかく、出ませんか。こんな所じや話しもできない。留守のようだし、又やつておいでんなるにしても、そこいらでお茶でもひと口――」と言うので、二人はそこを出て、近くの繁華な通りの横町の、國友の顏見知りらしい小料理屋へ行つた。すぐにビールを取つて私に差しながら、
「や、奇遇ですな」
と、昔おぼえの有る、尻あがりにわざとおどけたアクセントで言つて、一人でホクホクしている。以前もこの男は、どういう譯からか、私を、ひどく好いてくれた。
「國友さん、あんた今なにをしているの?」
「なにをしているようにみえます?」
「わからない。でも、景氣は惡くなさそうだ」
「實業ですつて、御察しの通り、今どきはあなた、すべて實業だ。そうじやありませんか」
「どつちせ、忍術修業は終つたようだな。けつこうです」
「え?」と言つたが、すぐに思い出したと見えて、フフフと笑つて、「ちがい無い! いやあ、こんなことになつて、そう言つた事にも格も法もメチャメチャになりましてね、ただもう、やらずぶつたくり式と言いますかね、つまらないようです。と云やあ立派そうですが、ありようは、こつちが時代おくれになつてしまつたんですよ。もう私らの出る幕じや無い。ハハ。だけど、旦那あ、どうして、あんな所に居たんです? あすこを御存じなんですか?」
「いや、今日はじめて行つたんだ。チョッと會いたい人があつて」
「へえ、それは又どう言う―? いや、實は、あんまり思いがけない所にあんたが居るもんだから、はじめそうじやないかと思いながら似た人だ位に思つてね。それがホントにあなただとわかつて、二度びつくりしたわけだ。じや、あすこの黒田さんを御存じ?」
「いや、知らない、黒田と言うの?」
「じや、この、まるきり、知らないんですね? そうですか」國友はグイグイとビールを飮みほして
「するてえと、あすこの誰に?」
「貴島と言つてね」私はポケットから名刺を出
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