。そして急に、もう一度そこへ行つて見たくなつたのです。ワケはありません。なんとなく、久子の所へ行けば、イキがつけそうな氣がしたのです。久子の生活は、なにかしら下卑ていて、言わば動物的ですが、とにかく、ホントに根の生えた生活のような氣がしたのです。ホントの人間のような氣がするのです。徳富稻子などの生活や思想に較べれば、まるで下等なものかも知れないが、あの方がホントだ。そんな氣がしました。山内久子は、自分の生活を踏んまえてガッシリと立つています。老母と幼兒を守り、亭主の歸國を待ちながら、誰から何と言われてもスラリと立つて、百姓をしています。だから僕が行つても、僕の中へ踏み込んで來たりはしません。僕なぞには、かけかまい無く、やつて行くでしよう。その點が今の僕には良いのです。ホッと息がつけそうな氣がするんです。よし、あそこへ行こう!
その次ぎの日に又此處へ來たのです。
そんなワケです今僕がこんな所に居るのは。そして、來てよかつたと思つています。
久子一家は僕が又現われても、大して意外そうな顏はしませんでした。もちろん、歡迎するようなこともありません。ちようど犬たちの群が、他から來た犬を迎えたようなものでした。「ホート汁」を又食べさせて、なにしに來たとも、いつ歸るかとも言わないのです。僕も自分のいろんな氣持や心理など説明なんかしません。ただ、「百姓の手傳いをするから、しばらく居させてください」と言うと、久子は「そうかね」と答えただけです。よろこんだのは、かえつて老婆のようでした。夏のタンボ仕事が、久子の女手一つでは、いくらか手に餘ることを、このお婆さんは知つていて、そこへ男手が來てくれたので、よろこんだらしいのです。それに、このお婆さんは、最初、自分の息子の嫁に僕という若い男が近附くのを、あれほど嫉妬したくせに、どういう理由からか、今は、そんな事をまるで考えもしないらしいのです。働き手がふえたから、それを忍んで外に出さないでいると言つたふうの功利的なものではありません。まるきり僕を信用しているらしいのです。それは僕に理由があるのかも知れません。僕には久子さんが女のような氣がしないのです。女だと知つていながら、そういう氣がしない。もし女として眺めるのだつたら、イヤな、ヤリきれない所のある女だと思います。つまり、久子さんの中には、僕の嫌いな所が有るのです。現在でもそうなん
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