らなつかしそうにして、その後の話をユックリしたいらしかつたのですが、とにかく身をかくしている事になつている私をつかまえて人目の多い場所で、あまり長話しをしてはならない事は、さすがにその世界の常識で承知していますので、ホンの四五分間の立ち話で別れたんですが、その短かい話から推測すると、あの後、私が消えたので黒田組と國友たちの連中との間の紛爭は割に平穩になつていたが、それとは別に當局の暴力團體取りしまりが嚴しくなつて、現に黒田策太郎は檢擧されて今裁判中、國友大助は危險を感じたか、あの世界から全く姿をくらまして行方わからず。黒田組は、組の名を解消して、子分の連中は目下おとなしく土建屋になつたり荷役の仕事をしているが、しかし裏では相變らず昔と同じ。「あたしも、まあ、その方で働らいています。兄きも、もうホトボリはさめちまつたんだから、又戻つて來ちや、どうですかねえ。親父さんにや、あたしから言つときます」と杉田は言いました。僕は、ただウンウンと話を聞くだけで別れたのです。……そんなわけで、組へ戻ろうと思えば、なんの苦もなく戻れる。戻ろうか?……考えたんですが、どうしてもそんな氣にはなれないのです。
 そうすると、僕はどうすればいいのだ?
 フッと、一本杉が、その時の別れぎわに言つた「いつか、兄きを追つかけていた、ルリさんとか言つた綺麗な女ね、あれが、その後、二度も三度も、兄きのことをたずねに組の方へ來ましたぜ。一度は、例のホラ、丸まつちい身體の久保さんねえ、あの人と一緒だつたつけ」と言つたのです。その時は唯聞き流していたんですが、今こうして、前途の目標を失つてしまつて、ボンヤリ寢ころがりながら、それを思い出すと、不意にクラクラッとする位に、逢いたくなつたのです。久保とルリ。あの丸い、土佐犬のように默々とした久保。それから白く匂うルリ。なつかしい。逢いたい。……僕は無意識に寢どこの上に起き直りました。
 ……しかし逢つてどうしようと言うのだろう? 久保は僕とは違う。僕は久保と同じようには歩いて行けない。そしてルリは――ルリの事は、まだ何かしら僕には怖いのです。それに、今度ルリに逢うと、トタンに、ルリと僕との間に、何か非常によくない事が起きそうに思われるんです。いけない! 逢つてはいけない!
 そうして僕は再び寢ころがつたのです。その瞬間に山梨の山内久子のことをフッと思い浮べました
前へ 次へ
全194ページ中168ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング