です。それがお婆さんの心の眼に見えるために、變な不安が生れる餘地が無いのかも知れません。
 とにかく僕は、その翌日から、割に落ちついて、久子さんに言い附けられるままに、いろんな百姓仕事をしました。はじめは、身體が痛くて、かなりつらかつたのですが、次第に馴れて來て、今ではたいがいの事は半人前ぐらいは、やれます。
 僕は重農主義者でも無ければ、農民や農村を愛したりしている人間ではありません。ですから、百姓の生活や仕事を理想化したり美化して考えたりはしません。ただの仕事だと思つています。それをやるのだつて、別に惡い氣持でも無いが、特に良い氣持でもありません。ただ、働くという事は惡くないな――そんなふうに思つてやつています。
「貴島さん、あんた、金、ある?」と、或る時久子が聞くので「無い」と言いますと、
「金、かせぎたくない? かせぎたければ、どうだね、カツギ屋やつて見ないかね? 實はね、あたしんちでも、こうして、まあまあ食うだけは食つて行けるけど、現金はまるで無いからね。これから冬になつて、お婆さんや坊に着せるもの一つ買えない。そいで、豆だとか何かを、すこしカツイで行つて町で賣ろうと思うが、今まで私一人で、出來なかつた。あんた、やる氣があつたら、やつて見ない? もうけは半分あんたにあげるわ」
「やつてもいいけど、下手をすると、つかまるんだろう?」
「そりや、そうさ。それは仕方が無い。法律をくぐつてやるんだから。そんな時はスナオに、取り上げてもらうなり、罰は受けるさ。それが法律だもの。しかし、別に人の物をぬすむと言うんじやなし、大金もうけをしようと言うんじや無しさ、ただそうしないじや、わしら、生きて行けないんだから、まあ、大目に見てもらうんですよ。引つかかつたから、惡いなあ此方だから、スナオに罰してもらうさ、しかたが無いもの」
 いかにも久子さんらしい考え方で、聞いていて僕は笑い出しましたが、笑いながら、急に目が開いたような氣がしたのです。
 それで僕は今、農事の手傳いの暇々にカツギ屋を始めました。品物は久子さんの内で出來たものです。三日に一囘位の割で東京まで通います。あまり大してもうかりはしません。たまには、つかまります。つかまれば久子の言う通り、スナオに取りあげられます。そして又、かついで來るんです。
 知らない間に、半年前のゴロツキが、カツギ屋になつているんです。コッ
前へ 次へ
全194ページ中170ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング