ていたようです。ホントのキチガイになれれば、まだよかつたのでしよう。それが、頭のどこか知らんが、まだいくらかハッキリしているために、自分のしている愚劣さがわかるんです。もう、やり切れず、たまらない氣持でしばらく暮していました。
 そんな中で、ヒョッと、
「あの女に、もう一度逢つて見たら――」
 と思つたのです。
 なんのためだか、わかりませんでした。ただあの女にもう一度逢つて見れば、何かがハッキリしそうな氣がしたのです。ハッキリすれば、それで生きるか、死んでしまうか、つまり此の世と自分との間の結着がつきそうな氣持がしたのです。なつかしい氣持も少しは有りましたが、それよりも、變にワケのわからない、なにかもつと深い心持です。
 そう思いつくと、急に一日も早く逢いたくなりました。

        31[#「31」は縦中横]

 逢うと言つて、しかし、どこへ行つて、何をたよりに?
 名まえは勿論、顏だつてハッキリおぼえていない。あの家にしても、どこだつたか、第一、空襲で燒かれてしまつて、今は跡形も無いのかも知れない。……(いや、實は、それからしばらく經つてから、銀座裏や新橋京橋あたりの裏通りを、すいぶん歩きまわつて心當りの所を見つけ出そうとしましたが、ダメでした。空襲で燒かれて樣子が變つたためよりも、やつぱり最初から記憶に全然殘つていないのです。)Mさんは廣島で死んでしまつた。
 どうすればいいんだ?
 考え迷いました。そうしていながらも黒田組の仕事は、あれこれとグングン進んで行つていて、僕は一日一日と益々深くその世界に卷き込まれて行くのです。苦しくなつて來ました。その末に、あなたの事を思い出したのです。あなたに會つてMさんの事を聞いて見よう。そうすれば、或いは何かの心當りやチョットした手がかりだけでも見つかるかも知れない。それに、あなたには、僕の現在のような氣持や境遇のことも、もしかすると多少はわかつてもらえるかも知れない。
 そうは思つても僕は迷いました。遠慮したのではありません。自分みたいに自分自身をまるで大事にもなんにも思つていない、アクタみたいに、いつなんどきどこかへ吹き飛ばされてしまつて消えてしまつても、すこしも惜しいとは思つていない人間が、今更、何かを期待し、求めるために人の所へ行くなどコッケイなような氣がしたのです。しかし、あの女に、もう一度逢いたいと言う
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