ような氣がするのです。
もちろん小説などは、十七八の頃から相當讀んでいましたので、女についても、戀愛や性慾のことも知つてはいました。友だちの中にオナニズムを盛んにやつている者もいて、その事も僕は知つていました。ですから頭だけでは、時によるといろんな妄想を描いて見たりすることもありましたが、それをどんな形でも實行して見る氣にはならなかつたのです。決してそれは倫理や道徳などから來る考えによつて、自分をしばつていたのではありません。父の教育のせいでもありません。父は、それこそ、どんな事でも僕を強制したり、「これこれをしては、いけない」などと言つたりした事は一度も無かつたのです。まるで自然にそうなつていたのです。劍道や柔道やその他の運動に熱心だつたせいで、そんな事の方へ頭が行くことがすくなくなかつたためもあります。(僕は劍道は三段で柔道は二段です)。それから世間で言う「オクテ」のひどいのらしいのです。頭の進みかたよりも、身體の進みかたが、ひどくおくれています。いや、僕の頭の進みかたなどと言うとコッケイですが、僕の言つているのは、身體の進みかたに較べての話です。もしかすると僕の生理には、どこか缺陷が有るのかも知れないと思つたことも二三度ある位です。
とにかく、そんなわけで、僕はそれまで女を知りませんでしたし、知ろうとも思いませんでした。ですから、Mさんから、そんなに言われて、かえつて僕の方がびつくりしたわけです。
それは、Mさんが僕のために開いてくださつた壯行會の席上でした。壯行會と言つてもチャンとしたものでは無く、Mさんが「君のための壯行會だから、ついて來い」と言われて、小さな飮み屋につれて行かれたのですから、席上にMさんの知り合いの女や男が三四人居たのですが、それらは偶然にそこでいつしよになつただけの人々で、ですから、ホントの出席者は僕とMさんの二人きりの壯行會でした。Mさんは、既に醉つていられました。あなたも御存じだろうと思いますが、あの頃、Mさんは、仕事以外の時はほとんどいつも醉つていられました。
Mさん自身の家庭生活が何か非常に亂れていたらしく、苦しんでいられた。その上に、戰爭というものに對して腹の底から悲しみ怒つていられた。あの人は理窟は言われませんでした。又、頭の中に理論的なものを、シッカリ持つていた人ではなかつたと思います。しかし、なにかとても大きい豐
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